BEBEの閻魔帳



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139件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[139] 常盤台天祖神社

投稿者: dede 投稿日:2017年10月 1日(日)20時47分4秒 27-139-76-16.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

常盤台天祖神社は、江戸時代以前は神明宮または神明社と称し、川越街道の宿場町として栄えた上板橋村の鎮守であった。旧別当は真言宗の東光山長命寺(東山町)だった。

創建については不詳だが、後深草天皇の御代(1246~59)に伊勢神宮から御分霊を勧請・奉斎したという伝承がある。また、上板橋村字原(天祖神社の境内地周辺)に天照大神が影向し、その跡に伊勢神社を勧請したという伝承もあり、境内末社として祀られる伊勢神社と関わるのではないかともされるが、詳らかではない。

上板橋村は板橋地域でも古い村の一つであり、付近一帯が豊島氏によって開拓されたことを考えると、室町時代には祀られていたのではないかという。

江戸時代には大田南畝が立ち寄り、その折りの紀行文が残っているが、それによれば杉や松の老木が繁り、柊の大木が立つ境内に、わら葺きの社殿と黒木の鳥居(樹皮がついたままの丸太を使った鳥居)が建っていたようだ。

明治5年(1872)村社に列格、社号を天祖神社と改める。翌6年(1873)境外末社の伊勢神社を境内に遷した。

昭和20年(1945)空襲により社殿が被災、同45年(1970)改修が行われた。




[138] ときわ台天祖神社

投稿者: dede 投稿日:2017年10月 1日(日)20時36分47秒 27-139-76-16.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

御祭神:天照大御神
配祀神:豊受姫命・大山咋命
社格:旧村社
所在地:東京都板橋区南常盤台2-4-3
最寄駅:東武鉄道東上線 ときわ台駅
URL:http://www.tokiwadai-tenso.or.jp/
御由緒:当社の創建は不詳だが、近隣で古墳時代初頭の住居跡(向屋敷遺跡)が発見されており、社地は古くから禁足地や祭祀地とされていた可能性がある。
また鎌倉時代中期・御深草天皇の頃に、上板橋村字原に天照大御神の御姿が現われたという「影向跡(ようごうあと)」に「伊勢社」を勧請したとの伝承が存在する。
神社側ではこの伝承が創建に深い関係がある可能性を指摘し、当地一帯が豊島氏による開拓が進められ、鎌倉から室町時代にかけ集落が形成される過程で、神社としての体裁が整えられたと推測している。
江戸時代には神明社、神明宮などと称され、旧上板橋村の鎮守であった。
1797(寛政9)年、文人・狂歌師で幕府御家人でもあった大田南畝(蜀山人)は、その著書「異本武江披砂」内で当社の様子をつづっている。
それによると「上板橋の石橋を越へ右へ曲り坂を上りゆく、岐路多くして判りがたし、左の方に一丁あまり松杉のたてたる所あり、この林を目当に行けば神明宮あり、長命寺の持なり、古老松杉枝を交えて大なる柊もあり、宮居のさまも藁葺きて、黒木の鳥居も神さびたり」などと記されている。
1872(明治5)年、村社に列せられ天祖神社と改称した。
1945(昭和20)年6月10日の空襲では神楽殿が半壊し社殿も被災したが、1953(昭和28)年に神楽殿を再建、1970(昭和45)年には社殿の改修が行われた。
なお当社では毎年12月2日に熊手市も開かれる。
ときわ台天祖神社 表参道鳥居ときわ台天祖神社 南参道
東武東上線・ときわ台駅南口を右手に出てすぐの角を左折。
50m弱進むと社頭にいたる。
これを通り過ぎてさらに50mほど先には南参道もある。
1935(昭和10)年に開設された駅は当初、境内に茂っていた老松や杉の社叢「常磐の杜」と、武蔵野台地の名を合わせ「武蔵常盤駅」と命名された。(※1951(昭和26)年に現在の「ときわ台駅」に改称。)
そして翌1936(昭和11)年から駅北口側の土地一帯を保有していた東武鉄道が住宅の分譲を開始したのが地名「常盤台」のはじまりである。
「常盤」については当社の祝詞の一節からとする説もあるが、いずれにせよ当社に由来するのは間違いない。
社頭は現在より石神井川寄りで約300m近くの参道があったが、戦後被災した神社復興のため境内地約1,700坪を宅地として開放している。
これによって駅南口が開設された。
ときわ台天祖神社 弘化3年造狛犬 (1)ときわ台天祖神社 弘化3年造狛犬 (2)
表参道に坐る弘化3年造の狛犬。台座には円形の傷がある。
6月10日の板橋空襲で投下された爆弾の破片によるもので、戦争の痕跡を今に伝える希少な存在だ。
ときわ台天祖神社 南参道狛犬 (1)ときわ台天祖神社 南参道狛犬 (2)
ときわ台天祖神社 社号碑ときわ台天祖神社 境内狛犬
南参道には1998(平成10)年奉納の狛犬。最近のものにしては珍しく護国・招魂社系だ。
その裏手には先代とみられる狛犬も。
ときわ台天祖神社 手水舎ときわ台天祖神社 参集殿(祖霊社)
ときわ台天祖神社 神楽殿ときわ台天祖神社 拝殿
参道をさらに奥に進むと手水舎、社殿に連結された神楽殿、そして右手奥には立派な参集殿も。
参集殿は祖霊社を兼ねているようだが、外部に拝所は設けられていない模様。
社殿は豊かな緑に囲まれ、幣殿・本殿の姿を拝観するのは難しい。
ときわ台天祖神社 境内社稲荷鳥居ときわ台天祖神社境内社 稲荷神社・北野神社・日枝神社・月読神社・伊勢神社
ときわ台天祖神社 境内社石鳥居 (1)ときわ台天祖神社 境内社石鳥居 (2)
ときわ台天祖神社 石祠群ときわ台天祖神社 水神社
境内末社は7社。全て表参道右手に鎮座している。
参道入口側から稲荷神社(宇迦之御魂命)・北野神社(菅原道真公)・日枝神社(大山咋命)・月読神社(月読命)・伊勢神社(大日孁貴命)。
日枝神社は江戸時代には権現社と称され、上板橋村向屋敷(現・常盤台1-19付近)に鎮座していた。
1614(慶長19)年、当地で徳川家康が遊猟した記念に、里人が浄財を出しあい創建したと伝えられている。
手水舎そばには水神社。
由緒書きには「御井戸」と記されており、どうやら井戸跡を祀っているようだ。
ときわ台天祖神社 榛名神社 鳥居ときわ台天祖神社 榛名神社 石祠
榛名神社(斎皇産霊神イワイムスビノカミ・埴山比売神)は参集殿脇に。
上板橋村では旱魃になると群馬県・榛名神社で御神水を受け村内に配り、その出立時や帰村時に必ずこの社に詣でたという。
ときわ台天祖神社 境外末社 豊敬稲荷神社 社殿ときわ台天祖神社 境外末社 豊敬稲荷神社
轡神社からほど近い板橋区弥生町12-10には境外末社の豊敬稲荷神社ホウケイイナリジンジャが鎮座している。
祭神は宇迦魂大神・猿田彦神・大宮賣神。
創建は不詳だが、江戸末期から明治初期頃に祀られたとみられる。
一時期衰退し民家の片隅に遷されていたが、福本芳太郎氏が私財を投じ現在地に遷座再建した。

ときわ台天祖神社 御朱印
ときわ台天祖神社 御朱印。初穂料300円。
境内南参道にある授与所にて受けられる。
正式な社号は「天祖神社」。
便宜上地名や駅名の「常盤台」あるいは「ときわ台」を冠して呼称される。
ちなみに申し出れば、兼務社である上板橋御嶽神社(桜川御嶽神社)の御朱印も拝受可能。



[137] 【ときわ台 天祖神社】

投稿者: dede 投稿日:2017年10月 1日(日)20時36分0秒 27-139-76-16.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

板橋区南常盤台2-4-3

江戸時代の文人蜀山人(大田南畝)が当社を訪れた時の紀行文(寛政九年:1797)には次のように天祖神社について記されています。

「上板橋の石橋を越へ右へ曲り坂を上りゆく、岐路多くして判りがたし、左の方に一丁あまり松杉のたてたる所あり、この林を目当てに行けば神明宮あり」

この「石橋」とは石神井川にかかる現在の「下頭橋」を指します。古くからこの地にいらっしゃる方は、いまでも「神明さま」と当神社を称される方もいらっしゃいます。当神社は明治5年までこのように「神明宮」「神明社」と呼ばれていたためです。

 天祖神社は、旧上板橋村の産土神として古くからおまつりされている神社です。御深草天皇(鎌倉時代)の頃に、伊勢神宮でお祭りされている天照大御神を勧請したという伝承もありますが、どれくらい古いのかということは、実ははっきりしたことはわかっていません。

 昔、上板橋村字原(神社周辺の地)に天照大御神のお姿が現われたという「影向跡(ようごうあと)」があって、そこに「伊勢神社」を勧請したという言い伝えもあります。 (『北豊島郡誌』) この「伊勢神社」は現在境内に「末社」としておまつりしていますが、この伝承は天祖神社の創建に深い関係があると考えられます。この影向跡がどこにあったのかは詳らかではありません。


 かつては村内のどこからもうっそうとした神社の杜が見えたといいます。この神社を地形からみると、石神井川に南面する緩やかな丘(標高32米)に位置しています。古代からこの川の近くに人々が住んでいたことを考えると、今のような神社の形態が整えられる以前から、ここは聖地と考えられていたかもしれません。

 上板橋村は、板橋地域のなかでも古い村のひとつです。江戸時代以前の古道である川越街道が村内を通っていること、付近一帯が豊島氏によって開拓されたことをなども考えると、鎌倉から室町時代にかけて集落が形成され、その村人達によって当神社は創建されたかと推測されます。

 さて江戸時代、当社の境内はどのようであったのでしょうか。蜀山人の紀行文の続きにはこうあります。

 「古杉老松を交えて大なる柊(ひいらぎ)もあり、宮居のさまもわら葺きにて黒木の鳥居神さびたり」

 昭和十一年、東武鉄道によって分譲された「ときわ台」の地名は、常磐なる松―当社のこの「老松」にちなんだといわれています。柊は当社の神木です。このような木々に囲まれた神社のたたずまいは、江戸時代にはすでに「神さび」を感じるようなものであったことがわかります。神社の入り口は現在よりももっと石神井川よりで、約三百米近くの参道があり、松・杉を主体とした樹木が繁茂し、昼でも暗いと言われる程でした。
 時代の移り変わりとともに、現在では境内地も約半分になりました。けれども駅付近に位置しながら、境内に一歩踏み入ると常磐なる杜の面影が残る境内に、喧騒を離れ静寂な時空に包まれるのです。

◆ひいらぎ守(赤)

 約4cm×4cmの小さなおまもりです。
 裏にはひいらぎと「SHINMEI-SHA」の文字があります。



◆ひいらぎ守(白)

 約4cm×2.5cmの小さなおまもりです。
 裏にはひいらぎが一枚描かれています。

【「ひいらぎ守」解説】
 節分には、イワシの頭と共にひいらぎの枝を戸口にさす風習があります。
 ひいらぎはそのトゲで鬼の目を突くという意味がありますが、「古事記」にもヤマトタケルが「比比羅木の八尋矛」をもって登場するように、古くから魔よけ、あるいは邪をはらう呪力をもつ樹木として考えられてきました。
 ひいらぎは天祖神社のご神木でもあります。このご神木のひいらぎの葉をかたどった御守りです。

<石祠> 榛名神社
  ◆祭神 齋火産霊神、埴山比賣神
 <末社>
①伊勢神社
  ◆祭神 おおひるめのむち
②月読神社
  ◆祭神 月読命
③日枝神社
  ◆祭神 大山咋命
④北野神社
  ◆祭神 菅原道真公
⑤稲荷神社
  ◆祭神 宇迦之御魂神



[136] (無題)

投稿者: でで 投稿日:2017年 9月28日(木)02時04分28秒 ai126155035039.29.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用

『古事記』においては、伊邪那岐命が伊邪那美命の居る黄泉の国から生還し、黄泉の穢れを洗い流した際、左目を洗ったときに化生したとしている。このとき右目から生まれた月読命、鼻から生まれた建速須佐之男命と共に、三貴子と呼ばれる。このときイザナギは天照大御神に高天原を治めるように指示した(「神産み」を参照)。



[135] (無題)

投稿者: でで 投稿日:2017年 9月27日(水)23時39分16秒 27-139-76-16.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

天保2年(1831年)、大久保村の氏神であった稲荷神と、熊野から勧請されていた鬼王権現を合祀し、稲荷鬼王神社となった。熊野の鬼王権現は現存していないため、「鬼王」の名を持つ日本唯一の神社となっている。また、大祭で担がれる宮御輿は、鬼面が彫られた珍しいものである。

祭神は、稲荷神の宇迦之御魂神、鬼王権現の月夜見命・大物主命・天手力男命。また、大久保村が祀っていた神々(火産霊神など)も明治時代に合祀されている。神社の名前から誤解されやすいが、「鬼」を祭神としているわけではない。
他、平将門の幼名が「外都鬼王(げづおにおう)」「鬼王丸」といったことから、名前を取ったという伝承もある[1][2]。



[134] (無題)

投稿者: でで 投稿日:2017年 9月27日(水)23時37分51秒 27-139-76-16.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

もとは承応2年(1653)に戸塚の諏訪神社境内の福瑳稲荷を勧請したもので、天保3年(1832)に当地の百姓田中清右衛門が熊野から勧請した鬼王権現と合祀した神社である。 江戸時代から豆腐を備えれば、湿疹・腫れ物に特効があるとされました。
邪鬼の頭上に手水鉢をのせた珍しい水鉢(区指定文化財)は、文政年間(1818~30)、毎夜水を浴びる音がするので持主が刀で切りつけたところ、その後家人に災難が相次いだため、天保4年(1833)鬼王神社に奉納さえました。また、昭和5年に造られた富士塚が残っていますが、昭和43年の社殿再建の際、二分してしまいました。
◇新宿山ノ手七福神めぐり《恵比寿神》



[133] (無題)

投稿者: でで 投稿日:2017年 9月27日(水)23時36分14秒 27-139-76-16.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

稲荷鬼王神社のご由緒
古くから、大久保村(現在の新宿区大久保辺り)の氏神であった稲荷神と、熊野(和歌山県)から勧請されていた鬼王権現を合祀して創建された神社です。

熊野には鬼王権現が現存していないため、日本で唯一の「鬼王」の名を持った神社です。

確かに他では見ない名前の神社ですね。

ご祭神は、稲荷神が穀物の神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。鬼王権現が、夜を統べる神である月夜見命(つきよみのみこと)、稲作豊穣や疫病除けの神である大物主神(おおものぬしのかみ)、腕力や筋力を象徴する神である天手力男命(あめのたぢからのみこと)です。

名前に「鬼」が入っていますが、鬼をご祭神としているわけではないようです。

境内には、新宿山ノ手七福神の一つである恵比寿神も合祀されています。

また、浅間神社も合祀されていて、境内には富士塚もあります。

他にも、鬼が水鉢を乗せた珍しい彫刻(有形文化財に指定されているものです)、素敵な音を奏でる水琴窟など、境内は広くはありませんが、魅力的なものが幾つもあります。

古来より新宿の人々に信仰されている、とても歴史の古い神社です。



[132] (無題)

投稿者: でで 投稿日:2017年 9月27日(水)23時21分10秒 ai126155035039.29.access-internet.ne.jp  通報   返信・引用

稲荷鬼王神社(いなりきおうじんじゃ)とは、東京都新宿区歌舞伎町にある神社。
JR新大久保駅の南東約400mに鎮座する。全国唯一の鬼の福授けの社として信仰を集める。
湿疹・腫物その他諸病一切について御利益のあるという、「撫で守り」を授与している。この神社に豆腐を奉納し、病が治るまでの間本人(あるいは代理人)が豆腐を食べない「豆腐断ち」をし、授与された「撫で守り」で患部をなでると平癒するといわれている。皮膚病・その他病気平癒に御利益がある。
鬼を春の神とみなし、この神社では節分の豆まきに、「福は内、鬼は内」と唱える。
神社正面の鳥居の下には、水だらいを頭に乗せた「鬼の水鉢」がある。この水だらいに水を注いで祈願すると、熱病が治まり、子供の夜泣きが治るといわれている。
境内の三島神社に祀られている恵比寿神は新宿山ノ手七福神の一つである。
境内には「かえる石」があり、恵比寿様をお参りした後、手水から柄杓で「かえる石」に水をかけ、次に「かえる石」をさすりながら、心の中で願いを三度唱える。一日の無事を願う人や交通安全を願う人は「無事かえる」、金運を願う人は、「金かえる」、縁結びを願う人は「想い人の心が自分にふりかえる」等と願う。唱えた後で、もう一度恵比寿さまにお参りすると願いが叶うといわれている。



[131] (無題)

投稿者: でで 投稿日:2017年 9月27日(水)13時43分32秒 27-139-76-16.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

地名の由来は桃園川の浅い谷地であった事に由来しているとされ、中世には阿佐ヶ谷氏と呼ばれる一族が支配した阿佐ヶ谷村と呼ばれていました。 阿佐谷の地名は伝統的には「阿佐ヶ谷」なのですが、昭和38年に住居法により、「阿佐谷」に統一されました。そのため、住所としては「阿佐谷」、駅や一般名称としては「阿佐ヶ谷」が使用されています。 大正時代の関東大震災後から昭和にかけて都心や下町から井伏鱒二をはじめ、与謝野晶子、太宰治、青柳瑞穂、伊馬春部、三好達治、火野葦平、徳川夢声など文人が住み、阿佐ケ谷文士村と言われました。今でも書店・古書店が多く文化の高い町であります。



[130] (無題)

投稿者: でで 投稿日:2017年 9月27日(水)13時27分27秒 27-139-76-16.rev.home.ne.jp  通報   返信・引用

1. 本殿(御垣内三殿)
中央にございます本殿には阿佐谷神明宮御祭神、天照大御神をお祀りし、左右の摂社には、右に月読命、左に須佐之男命をお祀りしております。
本殿はかつてより鎮座されておりましたものを拝殿と切り離して曳家によってお移し申し上げ、摂社にはかつての天祖神社の木材を頂き、足りないところは米ヒバをもって建立されています。本殿と摂社にはそれぞれの御祭神の象徴を象った装飾が施されており、天照大御神は太陽、月読命は月、須佐之男命は海をあしらっております。


2. 拝殿
haidenかつて本殿と繋がっていましたものを切り離し、壁などを取り払いまして参拝にいらっしゃる皆様がこの拝殿を通しまして本殿、摂社をお参りすることが出来るように致しております。また、例大祭などの重要なお祭りを執り行う場として新たに整備をし、より荘厳な儀礼を行えるようになっております。

3. 降臨殿(祈祷殿)
kitoudenこの新しい降臨殿(祈祷殿)は旧社殿の木材で使用できるものを出来る限り活用し、主要木材としてヒバ、ヒノキを使用した木造平屋神明造りです。

大屋根には新しい銅板を約三〇〇〇枚使用し、外壁は漆喰仕上げです。御祈祷の受付ならびに授与所も拡張し、祈祷待合所は冬でも暖かい床暖房となっております。

この降臨殿(祈祷殿)の奥には天照大御神の荒魂(伊勢神宮の別宮の神さま)と、豊受大神(伊勢神宮の外宮の神さま)が同時に祀られています。

神様の御魂のおだやかなおすがたを、「和御魂(にぎみたま)」と申し上げるのに対して、時にのぞんで、格別に顕著なご神威をあらわされる御魂のおはたらきを、「荒御魂(あらみたま)」とたたえます。荒御魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂でもあります。阿佐ヶ谷神明宮では降臨殿(祈祷殿)にて、天照大御神の荒御魂をお祭りしております。

杉並に鎮まるお伊勢さまのお力を頂いて森羅万象全ての災いを取り除く八難除祈祷は、初穂料三〇〇〇円からお気持ちで、どなたでもお受けになることができます。


4. 能楽殿
nougaku能楽殿では本格的な能・狂言の上演、お祭りの際の阿佐ヶ谷囃子(杉並区無形文化財指定)やお神楽など、様々な伝統芸能の奉納にも使用して頂いております。
鏡板の松の絵は、能画家・作面家の先生(狩野宗家系列)によるもので、伝統的な狩野派の構図を踏まえながら現代感覚を採り入れ、モダンな印象に仕上げた作品です。
この能楽殿では今後も和の伝統文化の発信基地として、様々な芸術活動にも使用していただけるよう企画していく予定です。


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