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205--感動のメンコン

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月21日(火)00時59分20秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  心をやさしく包こむような
やさしげな旋律で始まったチャイコフスキー
コンチェルトは

甘いなかに憂いをおびた
哀愁ただようロシア民謡の2章をへて

民族舞曲トレパークの激しい
リズムで始まる3章に突入する...

華やかで色彩豊かな
オーケストレーションのなかに
生き生きと自己主張を展開する
ヴァイオリン・・・

コーダに入るとその輝きと躍動感が
最高潮に達して爆発したかのように
全幕をとじる。。。

ナオの前に弾いた誰よりも
チャイコフスキーの熱い息吹が
見事に奔出している・・・

最後の和音が鳴る少し前から
どよめきが広がり始め
おわった瞬間、まさに全員総立ちの
大歓声のうずが幾重にもふくらんだ・・・

真っ赤なロングドレスのナオは
大きな任務を無事におさめて
帰還した宇宙飛行士のように
やさしげな微笑みをうかべながら

指揮者にハグされたあと
コンサートマスターと
あつい握手をかわした・・・

ところが、物語はこれでおわりではなく
これが始まりだった

ほかの5人はみな2曲のコンチェルトの
2番目にチャイコフスキーをもってきていたが

ナオはちがった...

一般的にチャイコフスキーより
軽めの協奏曲と思われている
メンデルスゾーンの協奏曲ホ短調

それをチャイコフスキーのあとに
もってきたのだ

ある意味では大変危険な賭けともいえた

大曲のあとに軽めの曲を弾くことは
聴衆はもちろん、審査員に対しても
全体が軽くなった印象を与えてしまう...

陽一はそれが心配でもあったが

一方では
今まで聴いたことのない
とてつもないメンコンが聴かれる
のかもしれない・・・

そうなったら
ナオの優勝は決定的なものに
なるかもしれない・・・

そんなことをあれこれ考えているうちに
静寂につつまれたモスクワ音楽院大ホールのなか

2曲目『メンデルスゾーン・Vn協奏曲ホ短調』

美しくも悲しげなあの有名な
メロディがさんざめくオケのトレモロにのって
流れてきたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=CR53302rIfA
メンデルスゾーン Vn協奏曲ホ短調 1章





 
 

204--本選決勝へ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月20日(月)01時52分32秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  ヴァイオリン世界最高峰のコンクール

審査員も人間
どうしても自分の師弟にいい点を
出してしまうおとは世の常

長い歴史上、そんなことで
何度も物議をかもしたことがあった...

それをさけるため
審査員は自分の師弟を参加させることは
できないという意見が続出

その結果、審査員そのものが
師弟をもたない人間に
限定されるようになった...

その年の審査員は世界最高峰の
音楽家、錚々たるメンバーだった

ユーリー・バシュメット(ロシア)
マクシム・ヴェンゲーロフ(イスラエル)
ヴァディム・レーピン(ロシア)
レオニダス・カヴァコス(ギリシャ)
ジェイムズ・エーネス(カナダ)

サヴァドーレ・アッカルド(イタリア)
ボリス・クシュニール(イーストリア)
ヴィクトール・トレチャコフ(ロシア)66年第1位
リアナ・イサカーゼ(グルジア)70年第3位

そうはいっても上記にみるように
審査員の100%が西洋の人間で
しめられている...

イギリス日本の混血であるナオは
今や日本を根拠地にして活動してきた...

東京文化会館のブラームスコンチェルトの
大成功も欧米ではほとんど知られることはなく

フレンジー・ナオの名はまったくといって
いいほど無名の存在であった

すでにヨーロッパのいくつかの
コンクールで優勝している者が
何人もいるなか

もうそれだけで
ナオの参加は大きなディス
アドヴァンテージ(不利)だった

けれどもその日の最終予選
ベートーベンの『ソナタ第9番』は
全審査員の度肝を抜いた

夕方6時に最終予選がおわり
夜の8時に本選決勝に進んだ6人の
名前が発表された

固唾をのんで聴き入る聴衆・・・
1、2、3、4、5人の名が
コールされるたび

会場は嵐のようなどよめきと
歓声が響きわたる...

だが、そのなかにナオの名はなかった

陽一は愕然とし
あきらめに近い心情になり始めたとき

6番目のコール

「フレンジー・ナオ、JAPAN!」

6人中最大の歓声がわいたとき
陽一は全身にふるえがきてとまらなかった

『ナオがついに決勝にすすんだのだ!』

となりのロシア人の男が陽一にいった

「俺のみぬいたとおり!
NAOが全体1位で本選にすすんだのさ」

翌日の新聞の文化欄は
大きな見出しで報じた

『卓越した西洋のヴァイオリニストたちに
まじって、東洋の少女がたった1人
決勝にすすんだ

予選のバッハ、ベートーベン
ブラームス、サンサーンスの名演を
成し遂げたヴァイオリニストが
本選で聴かせてくれるのは

必須曲のチャイコフスキーの協奏曲
のほかにもう1つ
メンデルスゾーンの協奏曲

優勝候補ナンバー1に躍り出た
日英混血の少女の演奏が
大いに楽しみである・・』

陽一は翌日にそなえて
早目にベッドに入る

本選ではジェニファーに
会えるかもしれないとなどという気持ちは

ナオの2つのコンチェルトが
どんなものになるのか?

あの名演を聴かせたブラームスでは
なく、メンデルスゾーンを選んだのは
なぜなのか?

そんな疑問と期待でふきとんでいた...

そして翌日午後5時
6番手ナオのチャイコフスキーが
万雷の拍手のなか始まったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=W6HcGKoBWd4
チャイコフスキー 協奏曲 3章




ヨーロッパの音楽界で
それを


 

203--クロイツェルソナタ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月18日(土)19時05分32秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  となりの男が独りごとのように
つぶやいた...

「これはすごいぞ・・・」

クロイツェルというタイトル
それはこの曲が当時のフランスの
名ヴァイオリニス
ルドルフ・クロイツェルに捧げられ
たからだ...

ベートーヴェン以前のヴァイオリン
ソナタというのは
ヴァイオリンを伴うピアノ・ソナタだった

優雅で音楽好きな貴族のために書かれた
ような雰囲気をのったものばかり

ルートヴィヒはそれが気に入らなかった

この曲ではピアノとヴァイオリンが
まるで格闘でもするかのような激しさを
もって両者譲らず競い合う

ロシアの小説化トルストイは
ベートーベンの曲に影響されて
小説「クロイツェル・ソナタ」を書いた

ヴァイオリニストの男への嫉妬心がもとで
妻を殺してしまう主人公の独白という形の物語

そのなかで、彼の妻はピアノを弾き
この曲をヴァイオリニストと共演する

そして主人公はこの曲の第1楽章についていう
「これは貴婦人の前で演奏してはいけない曲だ」

貞節な淑女の心をも挑発してしまう恐ろしい曲

モラヴィアの作曲家ヤナーチェクは
そのトルストイの小説を読んで大きな衝撃を受け
弦楽四重奏曲「クロイツェル・ソナタ」を書いた

ブリネという画家も、やはりトルストイの小説に
刺激されて、同じタイトルの絵を書いた

愛欲に憑りつかれた男と女という
いかにも妖しい雰囲気の漂ってくる絵

このように、ベートーヴェンの書いた曲が
次々と連鎖を生んでいったのだ

それほど想像力を掻き立てられる名曲

それをいま目の前で
あの『ヴァイオリンを弾く少女』が
弾いている・・・

場内は異様なほどの息苦しさと
快感と興奮で音のないどよめきが
あちらこちらからきこえてくるような

不思議な感動がただよい始めていたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=LYD51r5p1T8
クロイツェル 1章後半
 

202--最終予選の名演

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月18日(土)02時08分7秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  眼下にモスクワの街が見えてきたとき
機内アナウンス、機長からの声が入る

「みなさま、まもなくモスクワ
シェレメーチエヴォ国際空港に着陸
いたします

天候は快晴、気温摂氏1度
風力3・・・」

その寒さは着陸後
タラップをおりてターミナル行きの
バスまで歩いたときに感じる

肌を突き刺すような冷酷な風

5月の末ともなれば
西ヨーロッパなら初夏のさわやかな
気候のはず...

気温1度のなかで、たとえ暖房が
きいているにしても
ヴァイオリン演奏をするには厳しい
ものがあるかもしれない...

今から200年前の1808年
ウィーン、アン・デア劇場

今では最高傑作とされる
運命、田園、そしてピアノ協奏曲4番

その初演、12月22日
当時暖房が入っていない劇場内は
寒風吹きすさぶ外とほとんど変わらぬ寒さ

オケの団員もソリスト(ルートヴィヒ自身)
も凍える身体で楽器を弾いた

当代きっての名ピアニストだったベートーベンも
かじかんだ手で思うように指の回らない演奏

今日ピアノ協奏曲の最高峰といわれる第4番が
さんざんな結果におわり大不評をかった...

生涯最高の作品が発表できたと思っていた
ベートーベンが罵声を浴びながら
一人とぼとぼと自分のアパートに
帰っていく姿が目にうかんだ。。。

そしてその危惧は
チャイコフスキーコンクールの場で
現実のものとなる

出場者全員がこの異常な寒気の影響を
もろに受け、思うような演奏ができない者が
続出したのだ...

この歴史的寒波で
コンクールが都合3日おくれとなっている
ことを陽一は会場に着いて初めて知る...

ナオの親切な情報のおかげで
会場から徒歩10分のホテルに
泊まることができた

翌日、午前10時
出場者の国すべての国旗が翻る
モスクワ音楽院の大ホール

中に入ると気温は異常に低いが
熱気がむんむんしている...

寒波で予定が遅れたことにより
本来は2日前に終わっていたはずの
最終予選の演奏が聴ける幸せを
陽一はかみしめていた。。。

ナオのくれたチケットの席は前から7番目
ヴァイオリンを聴くには最高の場所だ

近くにジェニファーがいるかもしれないと
思いきょろきょろ探したが見つからない・・・

最終予選20人のなかに
もちろんナオの名はあった

決選に進む6人をめざす難関を突破するには
難曲を堂々と弾きこなさなければならない

1番手はロシアの女性の
バッハ『シャコンヌ』だった

この難曲を世界第一線のプロ級の
演奏で弾き通したボーイッシュな
ロシア女性に大歓声がわきおこった

2番手はイタリア人男性の
パガニーニの難曲『24のカプリース、第24曲』
高度な技巧を披露して
これも大きな拍手をひきだした...

そして3番目に現れたのが
イギリス・日本の混血少女、フレンジー・ナオ

ベートーベンの名曲『クロイツェル
ソナタ』だったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=xG7ea6lX0sU
ベートーベン Vnソナタ9番 第1楽章








 

201--全仏の王者を破るのはだれ?

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月17日(金)15時18分27秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  そこで踊っている文字は

『あのユウショウ再び!
7年前、イギリス、ウィンブルドン

22歳の若さで初出場、初優勝を
日本人で初めて成し遂げた高木勇将が
7年の沈黙を破ってクレイコートの聖地

フランス、パリ、ローランギャロに
もどってくることが明らかになった

7年の間にATPポイントは0になり
今回の出場はワイルドカード(一般予選)
を勝ち抜いてつかんだ高木流のテニス人生

彼はウィンブルドンの初栄冠の後
すべてのテニストーナメントのオファーを
断り、世界中のコートもない恵まれない
環境の子供たちに無償でテニスコーチの
行脚をつづけてきた

このたびの全仏カムバックを決断した
理由はわかっていないが、本紙の
インタビューに高木はこう答えている

「もしクレーコート王者の冠を
得ることができましたら
そのときにお話しさせていただきたいと
思っています」

今回の全仏の優勝者について
ロンドンのブックメーカー(賭け屋)は

全仏7連覇中のクレー王者
インドネシア出身のフランス人
ダナル・ハディの賭け率を10対9(確率90%)

これに対し
ユウショウの賭け率は10対1(確率10%)

ところがパリのブックメーカーは
25対1(4%)という倍率を出している

いずれも低い数字であるが
ロンドンでは勇将復活を淡い期待で
見ているが、パリではほとんど黙殺状態
といった形である

1つ面白い統計がある
決勝であたるファイナリストのオッズ

ダナル・ハディ対高木勇将

これはオッズではないが
専門家の間でこの世紀の夢舞台が
実現する可能性は6分の1

つまりサイコロをふって
たとえば1が出る確率と同じだと
いうのである

はたしてブローニュの森に
響き渡る歓声はどの選手に向かう
のだろうか・・・』

陽一は見出しを見た次の駅で飛び降り
キオスクで日刊近代を買い求めた

勇将、君のこと
心から応援しているぞ!

非常に残念なことに
全仏決勝の日は
ナオの本選決勝の日の3日後

大韓撃墜の出版は1日も早く
行なわなければならないため
モスクワからすぐに帰国しなければ
ならない...

たぶんあるだろうテレビ中継で
刎頸の友を応援しよう。。。

翌日早朝5時に起きた陽一は
上野からスカイライナーで成田に向かう

ANA1207便は
定刻通り午前9時10分

雨の降りしきる
成田空港第1滑走路から
ナオのいるモスクワに向かって
飛び立ったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=0dFX9qp_Pes
Dvorak 新世界 3章






 

200--電車の中で見た驚きのニュース

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月16日(木)01時19分14秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  ついに書きあげた2400枚の原稿を
九段下の採流出版にもっていき
社長に渡す

「いやあ、ごくろうさま
本当に大変だったね

ニューヨークから始まって
北海道、宗谷岬

ロンドン、パリ...

君はまだ若いけど
いわばライフワークの完成だ

まさに値千金の原稿を書いてくれたね

送ってくれた50枚のあらすじを
読んで全身に鳥肌がたったよ...

どんな専門家も評論家も学者も
書けないような高度で緻密な構成

論理的に破たんするところがまったく
ないところがすばらしいよ」

「ありがとうございます」

超睡眠不足と疲労困憊の身体は
社長のことばで一気にふきとんだ...

「特にロンドンの情報は
ICBM(大陸間弾道弾)ほどの爆弾だね

『ケネディ暗殺』では
ああいうことになってしまったが
今度はいけそうだよ...

面白いことに
歴史的な観点からいえば

『ケネディ暗殺』より『大韓撃墜』
のほうがはるかに巨大な事件なのに

世界中の関心はまったく正反対

いわばクロウト好みの大事件と
いえるかもしれない...

陽一君、今度こそ
この本は日の目を見ることに
なりそうだよ」

「ありがとうございます
社長の応援がなければ
ここまでたどりつくことは
できなかったと思います

本当に感謝しています...

急な話ですが、僕、明日
モスクワに向かいます」

「え、モスクワだって?
それは本当に急な話だね」

「いや、実は半分半分なんです
1つは友人がチャイコフスキーコンクール
に出場していて、その応援

もう1つはニューヨークの大学で
お世話になったロシア人の教授に
会って、大韓機撃墜のことで
最終取材をすることなんです」

「そうか、一番の当事者たる
ロシアでの取材なんだね」

「はい、ですから
ひょっとしたら、今お渡しした
ものに追加すべき重要原稿が
できるかもしれません...

そのときにはまた、どうぞよろしく
お願いします」

「もちろんだよ、新しい期待が
ふくらんだね」

5日後には帰国しますので
できるだけ早く最終原稿を
お渡しできるようにいたします」

「了解しました
いやあ、僕にとっても
これは、久々のどでかい仕事に
なりそうだ...

じゃ、陽一君
気をつけていってらっしゃい

あ、チャイコフスキーコンクールの
出場者はどなた?」

「フレンジー・ナオさんです」

「え、あの『ヴァイオリンを弾く少女』の?」

「はい、そうです...
たぶん、3日後か4日後の新聞
テレビで結果発表があると思います

彼女が入賞したら、ですけどね」

「おお、これはまた大変な話題に
なりそうだ、大いに期待しようじゃないか」。。。

別れ際、内竹社長のがっしりした
強い握手の感触とぬくもりを
感じながら

陽一は水道橋から総武線に載りこむ...

電車が隅田川の鉄橋を渡り始めたとき
グレイと純白のユリカモメが30羽ほど
美しい編隊をくんで南の下流に向かって
飛んでいくのが目に入る

めずらしい光景だなと思ったとき
吊革につかまっている陽一のすぐ前の
男が呼んでいる新聞をめくった...

そこに驚くべきニュースが
踊っていた!---

https://www.youtube.com/watch?v=jMMZIa4dynk
Dvorak チェロコンチェルト 3章


 

199--夏の嵐

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月15日(水)01時26分41秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  モスクワでなにかとてつもないことが
起きようとしていた。。。

旅立ちまでの2週間は
『ヴァイオリンを弾く少女』翻訳のときの
難行苦行をこえていた...

睡眠時間は毎日2時間から3時間の
辛さ苦しさは

ついに本物のドキュメンタリーを
書きあげていくスリルと興奮
そして感動的なやりがいに比べたら
なんらのマイナスもなかった...

それは幻におわった『ケネディ暗殺』
の原稿書きのユーフォリアをはるかに
超えるものだった...

あのケネディ暗殺のときのような
出版差し止めのことなど
これっぽっちも頭にうかぶことは
なかった...

ロンドンで取材した内容は
1983年の事件以来
13年もの間

考えても考えても
専門家たちの説明の裏を調べても
絶対にあるはずの真相に近づくことさえ
できなかった...

そんな状況を巨大台風が
大地を席巻したように

人類が初めて南極の極点に
到達したように

何千ものジグゾーパズルの
1つ1つのコマがはまっていくように

13年間うまらなかった
一番重要な核の部分が

ロンドンのシュロモ・ミンツ社長の
貴重な、それこそ命にかかわるほど
重要な証言とけっ手的な証拠によって

すべて埋め尽くすことができた

何重にもなっている歯車の
たった一つが動き始めたことで

次々と他の歯車が動き出し
やがて生き生きとした力が
新たな力を生み

ついに壮大な装置全体が
完璧に動き始めたのだった。。。

もはやケネディのときの挫折など
とるにたりないものとなり

ただただ前に進んでいくのみだった

もちろん、ケネディ執筆のときの
原稿、資料がこの新しい論文に
使われた...

ナオの決勝進出を祈りながら
それまでに絶対に完成させるのだ
という気迫のエネルギーは

最後の詰めをわずか2週間で
完遂させた。。。

モスクワへの旅立ちの1日前
早朝のヒバリのさえずりが
完成のファンファーレだったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=tn4VFCMkQEk
ヴィヴァルディ 『夏』 3章


 

198--モスクワに行かねばならない

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月14日(火)02時31分35秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  パリのホテルにチェックインし
荷物をおいてすぐに

陽一は教えてもらったさゆりの
電話番号をかける...

1度、2度、3度・・・
時間をかえて5度かけても
つながらない...

やむをえない、ダメモトで
直接いってみるしかないだろう

そう考えてパリの中心から
南東の郊外にある閑静な街に
足を運んだが収穫はなかった...

しかしここはパリ
ロンドンが予定外の5日滞在に
なった分パリは2日しかないが

それでもオルセー美術館
オランジュリー美術館

2つの魅力満点のミュージアムは
陽一に今回最高の芸術欲を
満たしてあまりあった。。。

ルノワールの『ピアノを弾く少女』

印象派の巨匠の中期の傑作において

二人の少女の愛らしい表情や頭髪
衣服の動き、柔らかい肌の質感などの描写は

まさに「愛でる」「安らぎ」「ぬくもり」
「家庭的」などという言葉が相応しい
絶妙な雰囲気を醸している。。。

この傑作は実はオルセー、オランジュリー
NYのメトロポリタン、そして個人蔵の
4つの作品から成っている...

一見すべて同じ作品のように見えるが
陽一は驚きの発見をする

それはオランジュリー美術館の
作品だった

楽譜を見ながら右手で音をさらっている
少女の燃えるような栗毛色の髪

そこにやさしく飾られている青いリボン

他の3作品とちがって
このリボンだけが

ナオがモデルではないかといわれている
『ヴァイオリンを弾く少女』のリボンと
酷似しているのだ

それはもう全く同じものと
いえるほど瓜二つだった...

しかもこの少女とヴァイオリンの少女の
顔立ちと表情

それがもう同一人物ではないかと
思えるほど似ているのだ...

ルノワールの少女像の最高傑作
『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』

そしてこの『ピアノを弾く少女』

さらに『ヴァイオリンを弾く少女』

この共通点を徹底的に研究して
真相を究明したい・・・

そんな欲望にかられながら
陽一は確度を変えて12枚も
写真におさめた。。。

10日ぶりに日本にもどった陽一の家の
玄関ポストで待っていたのは

秋田から送られたナオの手紙だった

楽器週間にちなんで発行された
ヴァイオリンの描かれている切手の
貼ってある封書を早速あける...

「ヨウイチさん
おかえりなさい

ロンドン、パリでは大きな収穫が
えられたことと思います...

あなたが帰国されたとき
この手紙を読んでいただいているころ

私は日本を出ていると思います...

いろいろ迷ったすえ
私、出ることに決めました

世界最高のヴァイオリン・コンクール
の場で、自分の本当の力を
試してみたいと考えて

チャイコフスキー・コンクールに
出場することに決めたのです

先生は言いました

『コンクールなんて出なくても
十分世界に通用するんだから・・・

新しいプログラムのこと考えたほうが
いいんじゃない?

あなたは上野で弾いたブラームスで
もう日本だけでなく世界で認められたの

コンクールなんてね、審査員の好みで
決まってしまうもの...

万が一、本選に残れないようなことが
あったらどうするの?

失うもの大きすぎだわ!』

でも私はこうこたえました

『先生、私
コンクールで賞をとることよりも
モスクワ音楽院大ホールで
チャイコフスキーのVnコンチェルトを
本場のオケで演奏したいのです

それにファイナルではもう1つ弾けて
もちろんブラームスを弾くつもりです』

先生はもうあきれた顔でいいました

『あなたは一度言ったら
絶対にひかない子だからね...

はいはい、わかりました
じゃあ、明日から
チャイコフスキーさらって
いきましょうね・・・』

本選決勝は今から2週間後の
予定です

ヨウイチさん
お忙しいとは思いますが
東京で応援していてください...

モスクワから偏西風に乗せて
私のチャイコフスキーを
送りますからね

ではおからだをたいせつに
最高の出版ができますように
お祈りしています  NAO 」

ほんのりとレモンの香りのする
便箋をきれいに折りたたみながら
陽一は思った...

すでにメジャーデビューに成功を
おさめたヴァイオリニストが
国際コンクールに出るなんて

だれもが先生と同じように
考えることだろう...

陽一も初めジェニファーから
この話をきいたとき
同様に考えた...

けれども
『チャイコフスキーのコンチェルトを
モスクワで弾きたい!』

ナオの心からの叫びにゆり動かされた
どころか、万難を排して
モスクワに行かなければならない...

陽一は翌朝、一番にしたこと

それはモスクワ行きのフライトを予約する
ことだったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=HWCHgdXxC1E
チャイコフスキー Vnコンチェルト 2楽章










 

197--チャイコフスキー・コンクール

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月13日(月)16時29分33秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  ロンドンでマレイ社長がおしえてくれた
『Vnの少女』の挿絵を描いた谷川さゆり

その消息を求めてダブリンのジェニファーに
電話した

「あら、ヨウイチ
いまロンドン?

え、サユリ? サユリなら
いまパリにいると思うわ

パリ13区、ショワールロワ通り
7番地のアパート、電話は・・・」

「ありがとう、行ってみるよ...
ジェニファー、今回はダブリンに
いけないけど、次回はかならずいくからね」

「はい、ぜひ来てね
ところでヨウ、ナオのこと知ってる?」

「うん、秋田でヴァイオリン
がんばってると思うけど...」

「いえ、そうじゃなくて
彼女いま、モスクワにいってるの」

「モスクワ?」

「コンクールよ」

「コンクールって・・・
え! ひょっとしてチャイコフスキー?」

「そう、ヴァイオリンの最高峰
チャイコフスキー・コンペティション
に出場するのよ!」

それは陽一にとって
今回のヨーロパ旅行最大の
衝撃ニュースだった...

すでに東京文化会館ですばらしい
デビューを飾ったナオが

世界最高峰とはいえ
チャイコフスキーコンクールに
出るとは・・・

万が一本選に残れないようなことが
あったら、どうなるのか?

失うものが大きすぎるのではないか?

危険な賭けともいえる...

だが、もし優勝したら
文字通り世界最高峰のヴァイオリニスト
として、最高の評価を受けることに
なるだろう・・・

興奮した声で陽一はいった

「コンクールはいつから?」

「来週の火曜から1次予選...
本選決勝は日曜日よ」

「そうか・・・
モスクワまでいきたいけど
ちょっと無理かもしれない

ジェニファーは?」

「私、決勝の前日には
モスクワにいっているつもり」

「そうかぁ、じゃあ
ぜひすばらしい決勝を楽しんできてね」

「OK、ヨウの分まで見て聴いて
応援してくるからね」

「ありがとう、僕は
日本から応援のゲキを飛ばすよ」---


 

196--最高峰のバレエ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月13日(月)00時43分20秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  名残り惜しい気持ちで
テート美術館を出ようとしたときだった

中央ロビーの大時計は午後7時を
まわろうとしている...

そろそろ館を出て、コヴェントガーデン
ロイヤル・オペラハウスに足を
向けなければならない...

そのとき出口に向かっている女性二人の
会話が耳に入った

「いやあ、バーン・ジョーンズの
あの絵が見られるなんて
幸せだったわねぇ・・・」

バーン・ジョーンズの‘あの絵’?!

あの絵っていったい何か?

まさか『深海』じゃあないだろうな...

なぜならその最高傑作は
どの美術館にもない、個人蔵だから...

そう思いながらも陽一は
気になって彼女たちに近づいて訊いた

「あの、失礼ですが
いまおっしゃっていたバーン・ジョーンズ
の‘あの絵’って何の作品でしょうか?」

「ああ、『深海』ですよ
個人蔵でなかなか外に出ないのに
今回、1週間だけこちらの美術館に
出展されたんですよ

本当に素晴らしいので
ぜひ見てきてください!」

にこやかな顔で美術にめっぽう
詳しそうな女性はこたえた...

教えてくれた小部屋にいくと
あった、あの世紀の傑作が。。。

海上に必死にもどろうとしている男の
足が海のヴェヌス(ヴィーナス)に
強く抱きかかえられている・・・

だが男の表情には苦痛のうらに
うっすらとした悦楽がみてとれる...

愛する男を絶対に失うまい
その強い思いを隠そうとしないヴェヌスの
目からうっすらうかんでいるような涙

それはエデンの園の女主人
魔女とはほど遠いやさしさと
あたたかささえ感じられる...

竜宮城の女王の風格と威厳を
示している・・・

ロイヤルハウスは当代きっての
プリマドンナ、シルヴィ・ギエムに
ひかれて超満員の盛況

ギエムは、外部からのオファーが
あっても受けることの許されない契約と
束縛に不満が募り

1988年、パリ・オペラ座バレエ団を
電撃退団

フランスでは「国家的損失」とまで言われた

同年イギリスに移り、ロイヤル・バレエ団の
ゲスト・プリンシパルとして大活躍の
世界最高峰ダンサー

その日の演目『ラ・バヤデール』は
シルヴィ・ギエムの得意中の得意と
していることもあって

豪華な城のようなホールに入ると
なんとBBCのカメラが入って
生中継までされている...

壮絶な大悲劇の幕が降り始めたとき
まさに文字通りの全員総立ち

スタンディングオベイションとなる

主役シルヴィ・ギエムへの
カーテンコールは5分過ぎても10分過ぎても
とどまることがなかった...

100年に一人の逸材と称されたプリマは
満面の笑みをうかべて

気品あふれる表情と優雅な立ち居振る舞いで
こたえた。。。

こんな夢のような一夜をあたえてくれた
ミンツ社長にどんなお礼をおくるべきか...

そんな思いで、陽一はロイヤル
オペラハウスをあとにした。。。

2日の予定だった
ロンドン滞在は5日におよび
後ろ髪をひかれる思いで

陽一は当初の予定通り
ドーバー海峡をこえてパリに渡ったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=LlMMPWAEnsg
ブーラームス 3番ーー3章









 

195--悦楽から深海へ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月11日(土)19時53分49秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  もはやパリに行く必要のない
いい意味での完璧さ

ある意味での恐ろしいほどの真さに
全身がふるえ

1983年9月1日・・・
あのときの時空から

現実世界にもどろうとした
タンホイザーのように

快楽の女神ヴェーヌスに
両足を引き戻されるもどかしさ...

深海の人魚から引っ張られながら
必死に海の上に浮上しようとする男

それでいてなにか怪しげな魅力に
名残惜しさ未練を捨てきれないような表情

一方で、泡を浮かばせ死んだように浮か
び上がろうとする男に対して

人魚は幸せそうとも挑発的ともとれる
ような表情をしている・・・

陽一は不可思議な感覚にとらわれ
半永久的なボーダーライン

善と悪、美と醜、快楽と苦痛・・・

そのはざまのたゆたいのなかから
抜け出すことのできない茫漠とした
世界に永遠にいるようだった。。。

悦楽の竜宮城で今まで見えなかった透明な
秘密の出口から出ようとしたとき

ミンツは言った

「ヨウイチ、バレエはお好きかな?」

「はい、大好きです」

「今日の夜、ロイヤル・オペラハウスの
『ラ・バヤデール』の券があるんだが

もしご興味があれば使ってほしい』

金ぶちのついたうす緑の券は
SS席のプラチナチケットだった

外界にでた陽一を出迎えたのは
午後5時の鐘

バレエの開演7時まで2時間ある...

上等なピザとケーキで空腹はない

幸い金曜日はテート美術館は8時まで
やっている

ずっと見たいと思っていた
ミレイの『オフィーリア』
ウォーターハウスの『シャーロットの女』

2つの傑作は陽一をあたたかく
むかえてくれた・・・

アーサー王の居城キャメロット城の
近くもシャーロット島

このシャーロット島に立てられた塔
に住んでいたのが「シャーロットの女」

彼女の身には直接外界を見ることが許され
ない呪いがかけられており

鏡に映った外の世界を織物として残す日々を
送っていた

ある日外界を映す鏡にアーサー王の円卓の
騎士の1人ランスロットが映り
彼のハンサムな外見と歌声の美しさに恋を
した姫は機を織る手を止め

禁忌を破って窓の外を見てしまう...

その途端織物の糸が彼女の身体にまとわりつき
鏡は割れてしまう

塔から出た彼女は死期を悟り
ランスロットを追って小舟に乗りこむが

キャメロット城に小船が流れ着いたときには
姫は既にこと切れていた。。。

そんな悲劇の女の作品を
ウォーターハウスは生涯にわたって
3枚も描いている

だが、39のとき描かれた
初めてのシャーロットに
陽一の心はうばわれたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=xLPcZk4TDEY
『シャーロットの女』ウォーターハウス








バーン・ジョーンズの傑作『深海』

 

194--ユダヤ人を救った男

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月10日(金)23時55分15秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  「僕はもともとハンガリー
ブダペストの生まれのユダヤ人なんだ...」

そこから始まったミンツの物語は
まさに事実は小説より奇なり

稀有な話に陽一はぐいぐいひきこまれ
入口も出口もない‘エデンの園’
(旧約聖書にでてくる理想郷)のなかに
入りこんでいた。。。

「歴史の悲劇というのは往々にして
くり返されてしまうものだが
ときとしてその悲劇の中から
英雄が生まれることがある...

私の父はナチスの収容所送りの
列車に乗せられたあと
その男から命を救われた・・・」

ミンツは遠い遠いところを
じっと見つめるように語り始めた。。。

「ラウル・ワレンベリ
1912年、ストックホルムの
裕福な銀行家の家に生まれた男は

アメリカ留学から帰国して
祖父のすすめで南アフリカ、パレスティナで
銀行家、貿易商として仕事を始める

そんななかでユダヤ人とのつながりを
深めたラウルは

1942年の「ユダヤ人問題の最終解決」を
決定したナチス・ヒトラーに反旗を翻すことは
当然の成り行きだったのかもしれない...

ヨーロッパ、特に東ヨーロッパでは
ユダヤ人の迫害は熾烈をきわめていた...

そんななかブダペストの戦時亡命者委員会から
援助の要請を受けた中立国スウェーデン政府は
ラウル・ワレンベリを特別外交官として
ハンガリーに送りこむ

ラウルはスウェーデン名義の『保護証書』
という間に合わせの発行、配布することで
ユダヤ人たちがスウェーデンの保護を受けられる
とうにした...

一方でハンガリーのユダヤ人絶滅をはかろうと
していたナチスは片っ端から捕まえたユダヤ人を
強制収容所送りの列車に貨物同然につめこんでいった...

それを知ったラウルは直ちに
駅に向かい、親衛隊の制止命令を無視して
ユダヤ人たちに保護証書を配りいった

「親衛隊のみなさん、今彼らは
中立国スウェーデンの保護下に入りました
あなたがたは国際法上、何もすることは
できないのです」

形だけでも法律に忠実なナチスは
ラウルの主張を受け入れざるをえなかった...

さらにラウルは『セーフハウス』という施設に
多くのユダヤ人を保護してナチスに
指一本ふれさせないことにも尽力した...

しかしその実情を知ったナチスは
さまざまな手段でラウルを抹殺しようと
あの手この手で暗殺しようと試みた...

そうしてラウルが文字通り必死の
孤軍奮闘をつづけているなか

1945年1月、ついにソ連軍が
ドイツの猛攻をはね返す...

ブダペストに侵攻しドイツ軍との激しい攻防に
打ち勝った

『これでユダヤ人迫害もおわるだろう』
そう考えたラウルは今後のユダヤ人保護に
ついて話し合うために
ソ連軍指導部のもとに向かった...

側近たちは非情に危険だから
やめるよう説得したが、ラウルは
笑って言った

『だいじょうぶ、ソ連はわれわれの
味方、話せば通じるよ・・・』

それが最後のことばとなってしまった・・・

アメリカのスパイ容疑でソ連秘密警察
KGBに逮捕され強制収容所に送られた

そんな説が有力だったが
それから40年後の1986年

ゴルバチョフ大統領は公式に発表するとともに
名誉回復までおこなった...

『ラウル・ワレンバーグは1947年7月
収容所で病死した
戦時中、多くのユダヤ人の人命救助に尽力した
尊敬すべき外交官だった・・・』

1996年、イスラエル政府は
ラウル・ワレンベリにバド・ヴァシェム賞を
贈って称えた

『諸国民のなかの正義の人』

ラウルに救われた10万人を超える人たちは
『国際ワレンバーグ協会』を設立して
ユダヤ人の生活向上だけでなく
ラウル・ワレンベリの本当の捜索を
つづけている・・・

これはね、ほとんどすべて
私の父からきいた話しなんだが

近いうち、今でも生存している
ユダヤ人たちの貴重な証言もふくめて
1冊の本にしたいと考えているんだよ...」

あまりに稀有な感動物語に
陽一はただただ圧倒され

静かに力強くこう言った

「God bless you!

ミンツさんの出版がなったら
是非ともその日本語の翻訳をさせて
ください!」

「ありがとう
ぜひお願いしたいね・・・」

ミンツは静かに微笑んだーーー

https://www.youtube.com/watch?v=u5xV9lAPzA4
亡命の歌









 

いつも新作の小説を拝読させていただいています。

 投稿者:シオン  投稿日:2017年11月10日(金)21時54分47秒 softbank220031130240.bbtec.net
返信・引用
  大韓機撃墜事件でご両親の無念の死にたいして調査を始めた陽一さん、
冷戦時代の大国のエゴの為に犠牲になられたようなお話ですね。

★1、民間機を使いソ連領空に侵犯させてソ連空軍、海軍、陸軍の防衛システムの
稼働をわが国の全軍をあげてキャッチする

★2、航路はアリューシャン諸島近くを使う大韓航空がもっとも望ましい・・・

アメリカは大韓航空機がソ連を侵犯してたのを知りながら、わざとほっておいて
下記の画像の中でアンカレッチ管制官が、米軍に危険を知らせ、支援を頼んだけれど、
何も対応してくれなかったといっていますが、当時の冷戦下において民間機が犠牲になっても
一向にかまわずに、大韓機撃墜事件で世界中がソ連を悪者にして
経済的に追い込みソ連共主義政権を崩壊に導くための大韓機は尊い犠牲にされたのでしょうね。

アメリカははじめソ連を情報を集める目的で大韓機の軌道をソ連上空に導くような機械操作をしたのでしょうか、自動操縦機の操作は簡単にできるそうですね。

アメリカが思っている以上にこれを契機にソ連が崩壊の道への第一歩となってしまったのですね。
ゴルバチョフのペレストロイカ提唱で東欧諸国も離れて行きベルリンの壁が壊されました。

★「アメリカ合州国の情報安全保障監督局では重要機密を次の3段階に分類している」

★1、最高機密 (Top Secret)セキュリティー レベル3

なんでミンツ氏がアメリカの最高機密を持っていたのですか。
イギリスのMI6の情報員だったのですか?

そんな秘密を知った陽一さんがドキメントとしてご本になされると、
ケネデイ暗殺のご本のように裁判で差し止めならいいのですが,
身に危険が及ばないのでしょうか?

先日ケネデイ暗殺の文章が公開されましたが、
CIA,などが公開を拒んだので一部しか公開されませんでしたよね。

https://www.youtube.com/watch?v=V85cj95lrdQ

http:// 

 

193--春に

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 9日(木)14時22分11秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  2杯のコーヒーのあとは
イングリッシュティーにピザだった

ピザはスライスではなく丸ごとホウル

「これ、全部食べてくれ」

半ば冗談でミンツはいった

「ありがとうぎおざいます
僕、ピザ大好きなんです」

まともに昼を食べていなかった陽一は
あっというまに半分近くを平らげる...

「つかれたときには
コンな音楽が一番さ・・・」

ミンツのかけたのは
シューベルトの歌曲の傑作

『Im Fruhling』(春に)

ポロンポロンと美しいピアノの音が
きこえてくると、ミンツはいった

「これはシューベルトの初恋で
生涯愛し続けたひと、カロリーネを
思って書いたもの

死の床で彼はいった
『私の愛したただひとりのひと・・・』」

「そうだったんですか...
この曲は知ってましたが
そんな深いものがあるなんて・・・」

陽一は感慨にひたりながら

野原に咲き乱れる春の色とりどりの花々

そのうえを飛び交う蝶々、野鳥のさえずり・・・
美しい長調から寂しげな短調

そしてまた長調に転調する千変万化の
心のゆれと愛のはかなさ
ゆらめきときらめき・・・

若葉の木々を飛び交う春の小鳥に
たくして、せつせつと愛の心を
うったえる美しいテノール

昔の思い出だけではなく
今も、そして愛しつづけていく
フランツ・シューベルトの魂のさけび

ミンツは何から何まで
陽一の師だった

そしていつのまにか話題は
ユダヤ人最大の悲劇、ホロコーストに
かわっていったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=XfDgfoXFQHo
「春に」 Matthew Polenzani
 

192--命取り

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 8日(水)17時50分8秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  そういってミンツは
陽一を奥にある小さな部屋に
ひきいれた...

すこしカビくさいにおいがして
あまり使われていない秘密の間の
ような空間...

ミンツは金庫のような固い箱のダイアルを
何度かまわして扉をあけ

小さな四角いチップ、あるいはSDカードの
ようなものをとりだした...

それをデスクトップのコンピューターに
挿入する...

画面が二転三転して・・・
そして画面に何かが映った。。。

「See?」(見てごらん)

それはなにかの書類だった

右上に[ES]という小さな文字がみえる

「ESというのは何でしょうか?」

「アメリカ合州国の情報安全保障監督局では
重要機密を次の3段階に分類している

1、最高機密 (Top Secret)
セキュリティー レベル3

情報の内容または情報の収集手段が一般公開されると
国家安全に絶大な損害を与えるもの
この扱いになる書類はきわめて少ない

2、極秘 (Secret)
セキュリティーレベル2

一般公開されると国家安全に深刻な損害を与えるもの
大部分の資料はこの極秘扱いになっている

3、秘 (Confidential)
セキュリティーレベル1

一般公開されると国家安全に損害を
与える可能性のあるもの」

「そうなんですか...」

陽一はため息をついた

「さて、君のいま見ている<ES>は
Extra Secret(超極秘)というもの

これを見ることのできる人間は
大統領とその超側近、はっきりいって
1人か2人だけ

アメリカ国内最高の超極秘文書なのだよ」

「その写真だというわけなんですね?」

「そう・・・
もしこれが世に出たら、CIAが総力をあげて
その情報漏れの根源を洗い出すだろう

草の根をかきわけても
大西洋の海底をさらい尽くしてでも...」

好奇心などすっ飛んでしまうほどの
驚きと恐怖心で陽一は
それがどこでどのように入手されたものなのか
訊く勇気などわくことはなかった。。。

もちろん内容にはしっかり目を通す

鮮明なものではなくところどころ
判読の困難なところがあったが

おおむね次のようなことが書いてある

『ソヴィエト連邦の防衛システムを
100%把握するための方策

1、民間機を使いソ連領空に侵犯させて
ソ連空軍、海軍、陸軍の防衛システムの
稼働をわが国の全軍をあげてキャッチする

2、航路はアリューシャン諸島近くを使う
大韓航空がもっとも望ましい・・・

3、・・・・・・・・・・・・・・』

「これは・・・!
ミンツさん、これは驚くべき
決定的証拠ですね?」

「そう!
だからこの写真の存在は
両刃の剣なんだよ

アメリカ連邦裁判所に訴えることも可能だが

一方ではこの写真の存在が発覚したら
私の命は危ない」---


 

191--恐怖と怒り

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 8日(水)14時30分21秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  恐怖と怒りの煮えたぎる巨大な釜の
なかに陥れられた陽一は
ことばも表情もつくるすべを失っていた。。。

ミンツはつづけた

「この事件は世界最高の推理小説や
スパイ小説とは比較にならない次元に
あるだろう...

もし地球上でエベレストより高い山が
あるのなら

まちがいなくこれはそれにちがいない...

アメリカ空軍、それを番犬にしている
飼い主、すなわち

アメリカの最高支配層の考えはこうだ

民間機、それもアメリカのではなく
外国フラッグの民間航空機を使って
ソ連にしかける方策

それが社会主義国の崩壊をもたらし
超大国ソ連を資本主義国にしたてることが

自分たち独占資本家にとって
今までの冷戦時代よりもはるかに

利潤追求がしやすくなる・・・

そしてそれは成功した

1983年の大韓機撃墜事件は
1945年におわった第二次世界大戦
のあとの

第3次世界大戦

火花を散らさない、まさに冷戦という
言葉通りの巨大な戦争だったんだよ・・・」

人跡未踏の地にわけいっていった
長い講演はおわった...

「まさか!」という気持ちと
「なぜそのことに気づかなかったのか?」

2つの疑問と後悔の念が
複雑な波紋をおだやかな大洋のど真ん中に
わきおこし

それはじょじょに大きく成長し
やがて巨大な津波をひきおこすことに
なろうとは・・・

世界最強の大統領を国家ぐるみで
抹殺してしまう国

その国の最高権力が
世界第二の超大国を窮地に追い込み
ほどなく完全崩壊させてしまうとは・・・

恐怖から怒り・・・

そしてそのあとにきたのは絶望
諦観だった。。。

だが、ことはそれで終わりではなかった

ミンツはぽつりと言った

「ヨウイチ、まだ終わりではないよ
君にひとつ

見せたいものがある...」---

https://www.youtube.com/watch?v=Mldnf3K7wtM
グリーグ Pコンチェルトイ短調 1章 アンスネス
 

188--説明できる唯一の

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 6日(月)15時01分30秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  「これはね、本場タンザニアから
今日とどいたばかりの逸品だよ」

「キリマンジェロですか?」

「そのとおり!
召し上がれ」

二人は酸味と渋みのなかにある
甘さを堪能しながら絶品を
ゆっくりと飲む...

「さて、それから?」

陽一によるプレゼンテーション
さながらの様相に

もし傍聴者がいるなら
彼らはそれがすべてだと
思ったであろう。。。

そのあとにミンツ社長の
衝撃の話など想像さえ
できなかったことだろう。。。

陽一はつづけた

「コース逸脱を30分以上も
続けさせたのは誰なのか?

そしてその目的は何なのか?

前者については航空機の飛行を
コントロールする航空管制が
第一の当事者です

しかしながら
航空管制への事情聴取および
残されているすべての記録は

コクピット(007側)と同様
なんらの異常も感知していないのです

それなのに現実はコース逸脱を
なしていた...

それらが示している合理的説明は
ただひとつ

航空管制とコックピット双方を
コントロールしてしまうマジック

すなわち、世界最高の航空技術を
もつさる国の空軍しかありえない・・・」

「うん、それは?」

「アメリカ空軍です」ーーー

https://www.youtube.com/watch?v=WjSGl0DHxdQ
ブラームス 4番 1章









 

187--虎穴の入り口

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 5日(日)23時52分19秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  陽一はつづけた...

「原因がこれら3つのどれであっても
必ずそのエラーを感知する装置が
ついています

それも3重のブロックが・・・

この事件は現実に
正常なコースを逸脱のまま
30分以上も平然と飛び続けて
いたわけゆえ

3重のエラー発見装置の
どれもが作動しないという可能性

その確率は9000億分の1という
まず現実にはありえないものなのです...

それではいったい何が起こったのか?

その答えは、上記3つの入力ミスの
どれかを誰かが意図的にやった...

そういう結論が導かれるのが
自然であり、当然のことと
なってくるのです・・・」

一つの相槌もうたずに
静かに聞き入っていたミンツは
初めて口を開いた

「Absolutely yes!
(まったくそのとおり!)

よくつかむことができたね

さあ、ここからだ!」

そのとき
さきほどのこわもての男が
コーヒーを二人の前にサーヴしたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=RM9DPfp7-Ck
エルガー チェロコン 1楽章

 

186--悪魔のフーガ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 4日(土)14時49分8秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  「早速話に入りましょう...

その真相...
あなたはどう考えていますか?」

「ICAO(国際民間航空機関)が
フランスの航空事故調査局に
すべての資料を提出して出された結論が
ありますよね、3つ...

1、慣性航法装置の入力ミス

航路は、通過地点を順に慣性航法装置(INS)
に打ち込むことで設定するが、経度のみ
(もしくは、緯度のみ)がずれて打ち込まれ
たのではないか

あるいは、出発地の座標が誤って打ちこま
れたのではないか

2、慣性航法装置の起動ミス

慣性航法装置は飛行前にジャイロを安定
させる動作(アライン)が必要

この動作から実際のナビゲーションを
始めるまでにスイッチの切り替えをするが
切り替え前に機体を動かしたのではないか

3、慣性航法装置の切り替えミス

航路に乗るまでHDGモード(方位のみを
指定する自動操縦、方位角モード)で飛行し

航路に乗ってからはNAVモード(事前に入力した
地点に向かい飛行する自動操縦、誘導モード)
にするはずが

乱気流もしくは積乱雲回避のために
HDGモードのまま、NAVモードに切り替えなかった

もしくはHDGモードに切り替えたが
所定の航路から7.5マイル以上離れていたために
機械が切り替わらなかった」。。。

プレゼンテーションのために
準備周到のうえ発表されたような語り口で
陽一はすらすらと言った

大きくうなずいてミンツは次を待った

「でも、本当にこの3つのどれかが
真相であるとすると

大変大きな矛盾、説明できない事実が
次々とうかびあがってきたんです・・・」

陽一の顔は最高裁判所の
大法廷にひびきわたるような弁護士の
それに変わっていたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=o3TWMqQCGxY
バッハ Vnソナタ1番 フーガ

 

185ーーあなたも?

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 4日(土)01時40分11秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  約束の2時の5分前
陽一は指定されたミンツ商会の
前に立った...

1階の入り口の呼び鈴をおすと
40代の男がでてきた...

眼光鋭いいかつい風貌がいった

「何の用ですか?」

「あ、私、ヤマガミ
ヤマガミ・ヨウイチと申します

マレイ出版のマレイ社長のご紹介で
こちらのミンツ社長に面会のため
伺いました...」

「まずボディチェックをさせもらう」

少し驚きながらも陽一は
おとなしく両手をあげて
それを受け入れた・・・

「ではパスポートをお見せください」

必ず用意しろといったマレイ社長
のことば通り、陽一は確実に
パスポートをカバンの中にいれて
もってきた...

青色の旅券をさしだすと
男は一つ一つの文字を確認
するかのように慎重に調べたあげく
言った

「中にお入りください
ミンツ社長をよんできます...」

古い机と椅子がおいてあるだけの
殺風景な部屋でおとなしく待つこと
3分・・・

階段をおりる音がきこえて
50代半ばくらいの男が姿を
現した。。。

「お待たせしました、Mr.ヤマガミ
私はミンツ、シュロモ・ミンツ
と申します」

微笑をうかべてミンツは握手を
求めてきた...

先ほどの男とは正反対に
柔和で上品、教養にあふれた感じの
紳士だった。。。

陽一の張りつめていた緊張が
一気にゆるんだ

「今日はお忙しいところ
まことにありがとうございます」

「どういたしまして...
なんでもご両親を007便で
失われたとのことですね?」

「はい、僕が14歳のときでした
まさか民間の航空機が
ソ連の戦闘機に撃墜されるなんて
夢にも思っていないことでした...」

「お気持ちよくわかります...
実は私も同じです」

「同じ?」

「私の一人娘とその夫
結婚して1週間後でした

新婚旅行でアメリカ、日本とまわって
オーストラリアにもどる途中でした・・・」

「え? ではお二人は
オーストラリアの方なんですか?」

「はい、私は今もオーストラリア国籍
です」

陽一は269人の犠牲者の
国籍別の人数をすべて暗記していた

オーストラリア2人である

ミンツ社長のことばで
陽一は一気におたがいの距離が
縮まったと確信したーーー

https://www.youtube.com/watch?v=6QdCsxw16Tg
パリは燃えている



 

184--イーストエンドの香り

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 2日(木)14時29分59秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  まだまだ見つづけていたいとの思いは
気がついた時間5時55分

閉館まで5分というところで
後ろ髪をひかれる思いで
イギリス最高の美術館をあとにする。。。

早くホテルにもどり
マレイ社長からの電話を受けなければ
ならない...

夜おそくなるかもしれないが
必ずかけるといっていた電話は

10時をすぎても11時をすぎても
こない

もうだめかもしれないと思い始めた
11時50分
ベッド横の電話がけたたましく鳴った

「もしもし、マレイだが
おそくなってすみません...

明日午後2時だいじょうぶ
ですか?」

「はい、もちろん」

「ではイーストエンドのブリック
レーン、元トゥルーマン醸造所にある
ミンツ商会に2時にいってください

シュロモ・ミンツという50くらいの
男がそこにいます」

「はい、わかりました
ありがとうございます」

ロンドンの下町イーストエンドは
いったこともなく不安な思いが頭を
よぎったが

翌日着いてみると
そこは若者の、庶民の街

ファッションやアートの店
前衛芸術や工芸品

そしてさまざまな種類の
飲食店が軒をつらねている

夕方から夜に最盛期をむかえる
という町は午後2時

比較的閑散としているが
それでもおさえられたエネルギーが
いますぐにでも発散しそうな
雰囲気にみちあふれている

CDショップに近づくと
ポール・マカートニーの
ワンダーラストが流れてきた...

有名なベーグル屋を通りすぎると
TRUMAN と書かれた大きな煙突が
見えてきたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=gj3bP3VV5qk
ワンダーラスト P.Maccartney
 

183--ナショナルギャラリーの恋人

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 1日(水)15時10分40秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  しかしこれら2つにくらべ

大韓機撃墜の真相が公表されたら

それは、ソ連の戦闘機が
民間機を撃墜したという、あのときの
衝撃以上の衝撃として世界を恐怖に
おとしいれるだろう。。。

ハイドパークのスピーチコーナーの
感興からはなれて
陽一はイギリス最高峰の美術館
ナショナルギャラリーにむかった

チャリングクロス駅をでて徒歩4分

トラファルガー広場にその雄姿はあった

広場の北側に、ネオゴシック様式の柱廊と
ドーム屋根を持つ威容

年中無料の大美術館は
ルーブル、ウフィッツィ、ウィーン美術史
そしてエルミタージュにならぶ1つ

『パリスの審判』(ルーベンス)
『愛の勝利の寓意』(ブロンズィーノ)
『鏡のビーナス』(ベラスケス)

『傘』(ルノワール)
『ディアナとアクタイオン』(ヴェチェッリオ)
『カーネーションの聖母』(ラファエロ)

『バッカスとアリアドネ(ティツィアーノ)
『岩窟の聖母』(ダ・ヴィンチ)
『ヴィーナスの化粧』(ベラスケス)

特にウィリアム・ターナーの名作
『嵐の中のオランダ船』

それは父が亡くなる直前の夏休み
連れて行ってくれた「ターナー展」で
初めて見て

子供心に感動した作品だった

「これはね、獰猛な嵐の中を
必死に航海するオランダ船を
描いたものだよ

陽一もこれから先
長い人生でこんな嵐にみまわれる
ときがきっとくる

そんなときはこの絵を思いだして
きっと乗り切るんだよ」

今耳元でやさしい威厳のある父の
声がきこえるようだった。。。

枚挙にいとまのない傑作群に
圧倒されながら

陽一は西洋絵画の粋にしばし
ときのたつのも忘れて見入ったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=vn5tBInUTxI
ロンドン・ナショナル・ギャラリー




 

182--嵐のなかに

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年11月 1日(水)00時48分59秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  翌日、陽一は9時間の時差ぼけにも
かかわらず、早朝6時に目が覚める...

部屋のオーディオで
モーツァルトの17番のピアノ
コンチェルトを聴きながら
着替えをすませ

1階グランド・フロアの
カフェテリアでコーヒーとトースト
果物の朝食をとって出かける

ロンドンで一番お気に入りの公園
ハイドパークと
今回初めての大英博物館の予定だ

冬晴れのなか、うららかな朝陽を
あびているハイドパークに入ると

真冬にもかかわらず冬の花が
いくつか咲いて来園者の心を
やわらげてくれる...

少し奥のほうにある広大な湖
サーペンタイン湖には

白鳥、オナガガモなど多くの
渡り鳥が羽をやすめている...

有名な演説広場は
前回よりかなり多くの人で
にぎわっている...

『ここでケネディ暗殺や
ダイアナ暗殺の真相などとりあげたら
どんなに痛快なことだろう・・・

歓声とブーイングの拮抗した
騒ぎになることはまちがいない

いや、前者はよしとしても
ダイアナをとりあげたら
すぐに退去を命じられるかも
しれない。。。』

陽一は心のなかで
ひとり静かにほくそえんだ...

しかし、これら2者に比べ
大韓機撃墜はまったく次元のちがう

おそろしい反応をまきおこす
ことになるだろうーーー

https://www.youtube.com/watch?v=-ZVdVuskkKU
ベートーベン6番「田園」4楽章ーー嵐





 

181--縁は異なもの

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月31日(火)21時14分22秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  「ええっ、そうなんですか...
世界はせまいもんですな...」

こんなときの反応は世界共通なんだなと
思いながら陽一はつづけた

「彼女はいまロンドンにいるんで
しょうか?」

「さあ、それはわかりません
ダブリンのジェニファーならご存知
でしょう...」

「そうですね...
ジェニファーにきいてみます」

「ダブリンの連絡先はご存じですか?」

「はい、知ってます・・・

ところで
僕の今回の目的、大韓機撃墜事件の
ことですが...

実は5年前の宗谷岬での
追悼式で2人の参列者に出会ったのです

それがナオ・フレンジーと
ジェニファー・マコーネル

それが縁でこのたびナオから
翻訳を頼まれました...」

「なるほど、そうだったんですか
Marriages are
made in Heaven」

マレイ社長は遠くを眺めるような
目で静かに笑った...

『う~ん、なるほど
イギリス人も味のあることを言うものだ

めぐり会いは天の配剤によるものだ...

日本語なら<縁は異なもの味なもの>
ということになるのかもしれない・・・』

「おお、すてきな言葉ですね
Marriages are・・・とは...

早速ですが、大韓機撃墜事件について
お聞きします」

「はい、もちろん、どうぞ」

「あの事故ではイギリス人2人
イギリス領ホンコン人12人の犠牲者が
でていて、イギリスでも関心は高いです

それに不可解な事実がたくさんあって
M6も動いているときいてます」

「はい、そのようですね
それでこちらロンドンまでやってきたんです

僕の両親が犠牲になったことから
始まったことなんですが

原因を調べれば調べるほど
おっしゃるように
不可解なことがどんどんでてきて...

実は僕、ニューヨークの大学で
国際政治、米ソ関係を勉強していたんですが

あの事故は‘事故’ではなく
‘事件’それも国際政治の力学から
生まれたものではないか・・・

そう考えるようになりましてね...

それで、そのM6の情報について
できるだけ具体的な詳細をおしえて
ほしいのです」

「2日後になってしまいますが
ご紹介できる人がいます

ま、ご心配はいりません
私たち出版業界の人間で
私の友人ですから...

お時間はとれますか?」

「もちろんです
1週間ロンドンに滞在する予定ですから」

第一関門は突破した

ほっとした顔で陽一はこたえた

「よろしい、では
明日の夜あなたのホテルに電話します」

「ありがとうございます」

陽一の心ははやった

今までつかんだもののどうしても
つながらなかったいくつかの点と点が

つながるかもしれない・・・

20をこえる点が一つでもつながれば
長大なコンテナ列車の連結器が
ガチャガチャと次々につながって

すべてが一つのものとなる・・・

そんな劇的な日がこようとしていたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=QdM6Zl0D8h4
「運命」3楽章





 

180--おどろきの再会

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月31日(火)12時09分20秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  「ああ、この挿絵を書いてくれたのは
日本人女性ですよ」

「あれ、解説を書いたアイルランドの
Miss ジェニファー・マコーネルでは
ないんですか?」

「ジェニファー?
あぁ、彼女はすばらしい解説を
書いてくれましたが、彼女の友人

たぶん画家だと思いますが
その方がすてきな挿絵を書いて
くれたんです

ほら、うら表紙の前のページの
一番下にあるでしょ?
小さな文字ですが...」

陽一はすぐに目をやる
視力はあまりよくないが
細かい字は得意だ

確かに小さな文字でこうある...

<Illustlated by Sayuri Tanigawa>
(イラストはタニガワ・サユリ)

サユリ・タニガワ?

あのさゆりだって?!

驚天動地という言葉は
こんなときのためにあったのか...

ナオが英語版をおくってくれたとき
こういっていた...

「解説と挿絵はジェニファーにお願い
しました」

当然陽一はジェニファーが両方とも
受け持ったものと思いこんでいた・・・

ジェニファーはいっていた

「パリ大学で知り合った友人
さゆりとなかなか連絡がとれない・・・

でも先日、南アフリカ、ケープタウンから
絵はがきをもらいました・・・」

しかしその後、連絡がとれて
彼女はさゆりにこのたびの挿絵を
頼んだのだろう

「おどろきました!
この挿絵を書いたMiss Tanigawaって
僕の大学の同級生なんですよ」---


 

179--ロンドンの青空

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月30日(月)16時42分37秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  陽一にとって2度目のロンドン
初めての時はウィンブルドン

勇将の感動の1回戦勝利だった...

6月と1月
季節は正反対だが
あのときのエメラルド色の風が
吹いている・・・

霧のロンドンを完全に返上し
1月の空は真っ青に晴れ上がり

テムズ川をいく大型船が
めずらしく汽笛を鳴らして
くだっていく...

50をこえるカモメの群れが
96メートルのビッグベン(時計台)
をとりまくように対角線を描いて
みせる・・・

まっさきに訪れたところは
ナオの本を出版したマレイ・パブリッシング

ロンドンの中心、シティ・オブ・ロンドンの
西のはずれに立ち並ぶ近代的なビル街の
一角にあった

マレイ社長はにこやかな顔で
東洋からの客をむかえた

「ようこそロンドンに...

あなたの翻訳本はこちらでも
ちょっとした話題になっていますよ

私どもより先に出版され日本でも
高い評価がでていることをきいて
本当にうれしい

ナオのオリジナルの英語本の価値を
見事に証明してくれたことに
心から敬意を表します」

会った早々そのようなことばをもらい
陽一は恐縮の面持ちでこたえる

「いや、こちらこそ
翻訳の機会をあたえてくれましたこと
心より感謝しています...

あの、これはすでにお持ちですよね?」

念のため1冊用意してきたナオの日本語版
を見せると、社長は目を見開いた

「あぁ、これは・・・!
初めて目にします...

英語版ばかりにかかりっきりでしたから」

陽一はおどろきとともに
もってきたちょかったと心から思った

「そうだったんですか...
ではぜひこれをさしあげます」

『ヴァイオリンを弾く少女』の美しい絵が
ハードカバーのおもて表紙に載っている

417ページの本を陽一は手渡した

「ありがとう!
お~これはすばらしい装丁だ

う~ん、私どもの本もこんなふうに
すべきだった・・・」

社長は表紙に見入ったあと
ぱらぱらとページをめくり
真剣なまなざしで日本語をみている。。。

「英語版はこちらにない挿絵が
すばらしいですね...」

なにげなく言った陽一のことばは
おどろきの信じられない返事を
うけることとなるーーー

https://www.youtube.com/watch?v=VXc9ezCbNdk
「ニムロッド」エニグマ(エルガー)

 

178--「運命」第2楽章

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月30日(月)00時01分15秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  実は彼ら金融資本にとって国籍などはない

だが、世界最強の軍をもつアメリカ
その補完勢力たるイギリス(過去の植民地
支配の結果いまだに世界中に軍事基地を保持)

それぞれの国軍を操ることのできる
CIAとMI6こそ

世界最強の秘密警察(Secret Service)
スパイ組織なのだ

もっともわかりやすい実例が
1963年にアメリカ、ダラスでおこった
ケネディ大統領暗殺事件だ

冷戦のなかでもっとも稼げる方策
ベトナム戦争を始めたアメリカ最大の
金融資本、ロックフェラーの操る
軍産複合体にとって

戦争はアメリカの国益にかなわないとの
判断で

軍の撤退を決めたケネディ政権は

百害あって一利なしの有害な政権だった
彼ら支配層は大統領に対して
何度にもわたる説得を試みたが
聴きいれられることはなかった...

そしてアメリカ最高支配層は
彼らの最高の番犬CIAを使って
‘合法的な政権交代’をやってのけた

CIAはその下部組織たるFBI

連邦警察、州警察、さらには
非合法組織のマフィアまで総動員体制で
命令通りの行動をした・・・

それがケネディ暗殺の全貌であった。。。

そんなにも単純明快な事件にもかかわらず
この事件はその後、半世紀をこえても
真の解決がなされない、世界最大の
事件になってしまっている。。。

山上陽一なるまったくの無名物書きが
まとめたささやかな本の出版さえ
差し止められてしまう・・・

アメリカだけでなく、日本もふくめて
世界中の専門家、評論家、学者たちでさえ
『真相は闇だ』などといっている始末だ

ましてや大韓機撃墜事件の真相など
解明できるのだろうか?

陽一にとってもっとも危険な洞穴に
両足をいれてしまうことに
なるのではないか...

そんなサタンの声がきこえてくる
ようだった。。。

だが、陽一はこう返した

『問題は危険かどうかではない

僕のなによりも大切だった肉親の
犠牲を絶対にむだにしたくないんだ

どんなことがあっても
天国の両親にこの言葉をおくりたい

<お父さん、お母さん
どうか安らかにやすんでください>』。。。

ロンドンンに着いた陽一の
第一にすべきこと

それはナオからおしえてもらった人物が
M6の二軍なのか、はたまた三軍か

あるいはフリーのジャーナリストなのか

後者の場合のみ前に進んでいける...

陽一はそこにただひとつの
希望の光を見いだしていたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=LiYCyOYuBtM
ベートーベン「運命」2楽章










 

177--素人スパイ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月29日(日)19時47分4秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  本来はパリに直行するのが筋だが
パリの航空当局の当事者に会うことは

なんの肩書もない陽一のような人間にとって
ほとんど不可能なことだ

そのためには、ロンドンに渡らなくては
ならない

もちろんMI6の人間に会える
わけではない

MI6のもつ情報に近づける人間に
会うためだ

ナオの出版社の筋からおしえて
もらったMI6に近い人間に
会わなくてはならない...

だが、ここでかなりの注意が
なされねばならない

MI6に近い人間とは
すなわちMI6の二軍

結局はMI6そのものといっていい...

彼ら二軍の役割はMI6の情報に
近づこうとする人間を常に監視し

その兆候が見えさえすれば
あらゆる場所、あらゆる機会を逃さずに
完全にシャットアウトすること

そして真にMI6の利害
つまりイギリス支配層の利害を
脅かしそうな人間は容赦なく抹殺する

アメリカCIA、ソ連時代から続くロシアKGB
イスラエルMossad とならぶ世界4大スパイ組織

ただ、その4つは目的という面において
大いに異なっている

CIAとMI6の2つは
いわば世界を支配している
金融資本の御用警察

それに対して
KGBはソ連という社会主義国が
資本主義の米英からの攻撃を事前に
防ぐための自国防衛の組織

ロシアにかわっても基本的にはかわらない...

イスラエル・モサドは
ホロコーストによるユダヤ民族絶滅を
謀ったナチスドイツの戦犯逮捕という
第一目的に始まり

その後中東のアラブ勢力からの
テロ攻撃からの自国防衛を主体としている...

これらを整理するなら
世界最大の金融資本であるイギリスに
拠をおくロスチャイルド

アメリカに拠をおくロックフェラー

かれらを守ろうというMI6とCIAこそ
世界最強の秘密組織ということになる

実は彼ら金融資本にとって国籍などはない

だが、世界最強の軍をもつアメリカ
その補完勢力たるイギリス(過去の植民地
支配の結果いまだに世界中に軍事基地を保持)

それぞれの国軍を操ることのできる
CIAとMI6こそ




 

176--危険な航海へ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月29日(日)15時54分35秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  翻訳では食べていけない

自らの出版が成っても同じことだろう...

食っていくために働くとはいうが
陽一は予備校で数学、英語をおしえることが
決して苦ではなかった

それどころか向学心のある生徒に
でくわすと時間のたつのも忘れるほど
真剣にむきあった。。。

そんななか、どう考えても
ばかげた、あるいは答えの間違っている
英語の問題、国語の問題があまりにも
多いことを発見していくこととなる...

たまりかねて陽一は予備校はもちろん
問題作りをしている委員あて直接
問題の間違いを指摘した...

けれども返ってきた返事は
あまりにも人をばかにしたものだった
いや、まともに答えることのできないほど
頭の悪い人間の集まりなのだろう...

『大変貴重なご意見ありがとうございます
有益な参考意見として今後に反映させて
いきたいと考えております・・・』

陽一は生徒にこういった

「こういうばかげた問題に時間を
かける必要はない
これを捨てても十分合格点はとれるからね」

うるさい講師だとの見方も予備校内にあったが
肝心の生徒の評判がいいため
山上陽一をクビにはできなかった...

そうはいっても、悲願の原稿
『大韓機撃墜の真相ーーソ連をつき動かしたもの』
を進めていくには膨大な時間を必要とした

5年間、陽一は一心不乱に予備校講師
そして中学受験生、高校受験生の
家庭教師をやってそこそこの蓄えをつくる...

大詰めにきた原稿書き
最後の結論を導く最大のポイントは

なんといっても民間機撃墜にいたった
真の原因

その詳細な分析が行なわれたパリだった

ICAO(国際民間航空機関)が
事故原因を調査するなかで、全ての資料を
さる機関に提出したのだ

それは、世界一高い解析技術をもち
本事件とは直接関係のない第3国である
フランスの航空当局

そこで緻密な解析が行なわれ
その結果をもとに調査の最終報告をまとめられた

それによると原因は3つ

1、慣性航法装置の入力ミス

2、慣性航法装置の起動ミス

3、慣性航法装置の切り替えミス

特定はできないがこのどれかだという。。。

『ふざけるな!』

陽一は叫んだ!

愛する肉親を奪われた遺族が
そんな機械的なミスですよといわれて

ああ、そうですかと納得する
わけがない。。。

一般に公開されていない部分まで
調べなければ、陽一の本は成立しない

陽一はあらゆる手段をつくして
人から人、コネからコネ・・・

新聞社、放送局、出版社、専門家、評論家
そして国の当局、内閣安全保障室・・・

電話や手紙だけでなく
可能な限り直接会って面談し
おしえをこ請うた...

しかし、1メートル以上もある鋼鉄で
できている金庫の扉をこじあけることは
できなかった...

まさに八方ふさがりにおちいり
絶望状態の陽一を救ってくれたのは
ナオからの情報だった

同じ被害者であるナオは
彼女なりにやはり真相を調べていた

このたびの本の出版のことで
生まれ故郷ロンドンにもどったとき

出版社の社長のコネで
イギリス航空当局さえコントロールする
秘密情報部MI6

(MI6:外務省付属情報部
主に、国外での情報収集を行う
MI5と違い、強制捜査権・逮捕権は持たないが
治安維持のためにやむをえないとき
合法的に危険人物を抹殺する権限を与えられている)

それにパイプをもつとされる人物につながる
貴重な情報をおくってくれた...

その人物に会えるかどうかはわからないが

いよいよ始動のときがきた

まずはパリ、そして
ロンドンに面舵が切られた

それがどんなに危険なものであるか

小さな不安は大きな希望によって
軽くうちくだかれた

小さな舟が巨大な波に飲みこまれる
正反対の形でーーー


https://www.youtube.com/watch?v=v4atkT1EOOQ
ワンダーラストーーP.マカートニー




 

175--ドキュメンタリー大賞を受賞

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月28日(土)19時35分11秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  その年の秋も深まったころ
『ナチス略奪からの奪還ーーVnを弾く少女』は
東日本ドキュメンタリー大賞を受賞する

英語で書かれた本が出版される前に
翻訳版のほうが先に脚光を浴びる
ことになろうとは...

仙台で行なわれた授賞式で
著者と訳者は再会し喜びを分かち合う...

ナオはいった
「本当にありがとう
これは100%ヨウのおかげです」

「そんなことない
これほどの内容をすばらしい文章で
つづったナオの力だよ

賞金の分け方はまちがってると思う」

ナオに200万、陽一に50万

陽一は10万だけとっておき
残りはナオのために役立てるよう
貯金した...

名付けて‘ナオ基金’

いちかきっと役に立つ時がくる・・・

そしてその後
それが本当に実現する日が
きたのだった。。。

ナオの英語版はおくれること6カ月

ついにイギリスで発売
スイスの略奪被害者が自分の所有に
戻されたことが発端となり

全ヨーロッパ、そしてアメリカ、カナダ
アジア諸国、オセアニア、南米、アフリカ・・・

世界中に少しずつ知られるようになる
大スポンサーの宣伝によるものではない

ネット、特にYoutubeの力だった。。。

仙台から東京にもどってほどなく
秋田のナオから英語版が送られてきた
英語版をみて陽一は驚いた...

ところどころにある挿絵
そして何よりも最後にあった解説

それらを書いている人間

それはジェニファー
アイルランドのジェニファー・マコーネル
だった

すぐにお礼を言うため
陽一はナオに電話する

「ナオ、ジェニファーの挿絵と解説
びっくりしたよ!」

「あれはね、実は出版の2週間前に
ジェニファーからエクスプレスで
手紙が送られてきたの

私の最終稿のコメントでね...
それがあまりにもすばらしい内容
だったので

ロンドンの編集長に頼んだの
最後の解説に載せてもらえませんかって

すぐにOKとなって
突貫工事で出版にぎりぎり
間に合わせることができたのよ」

「そうだったの
それはすごくいい話だね

画家ジェニファーならでは奥深い
解説、それに
あの挿絵は本当にすばらしいね」。。。

日本語、英語、2つの本は

その後の陽一の人生の
原動力となる何ものにも代えられない
貴重な跳躍台となっていったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=tAsVOP9R8g8
Feed the Birds(鳩にえさを)メリーポピンズ

https://www.youtube.com/watch?v=VOixoCy-2pA
同上ーーオーケストラ


 

174--処女出版

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月27日(金)15時21分1秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  年の瀬もせまったころ
熾烈な格闘のすえようやく
翻訳はおわった...

難産ゆえのいとおしさゆえか
全体を読み進めていくうちに
感情移入の涙さえ流れてきた...

もちろん「てにをは」の直しは
多少ともあったが
編集長のOKがでたのは
年が明けた1月7日

待望の出版は3月3日ときまる...

最終原稿をすべて出しおえた陽一は
死んだように15時間眠りつづけた。。。

その翌日、1年前
アメリカのさる勢力の陰謀により
葬られ幻となった『ケネディ暗殺』の
出版記念食事会が

今回の出版社ではない流彩出版の
内竹社長によっておこなわれた...

「山上君、おめでとう!
本当によかった

僕はね、この著作
いくつかの新聞書評で大きく
取り上げられると思うよ

それで、山上君の知名度も増す
懸案の『大韓機撃墜の真相』の出版も
夢物語ではなくなったね

僕は全力でその出版にまい進して
いくからね」

「ありがとうございます
なんとしても完成させられるよう
全力で精進していきます!」。。。

そして社長の言ったことは
現実のものとなった・・・

『ヴァイオリンを弾く少女
 ーーーナチス略奪からの生還』は

毎朝新聞、経日新聞、東日本新聞の3紙の
書評らんでとりあげられた...

特に東日本新聞の選者の解説は
深く鋭くきりこんだもので

細かいミスまであらわになるほど
電子顕微鏡でのぞかれたように
微にいり細にいるものだった

おおむね高い評価がなされていたことは
翻訳とはいえ、陽一の処女出版への
はなむけになった...

陽一の書いた20ページにわたる
解説についてはこうあった

『解説でも指摘されているように
これは単なる絵画の奪還物語ではない

20世紀中盤に起こった人類史上
類をみない残酷きわまりない
ホロコーストを起こしたナチスドイツ

その狂気の沙汰を冷静的確に分析し
ドキュメンタリーであることを
忘れてしまうような興味深々の
ストーリー展開には心奪われる
ものがあった。。。』

2月中旬に試作版が5冊
おくられてきた

陽一は自分の分以外の4冊の
1冊をナオ、アイルランド、ダブリンの
ジェニファー、ニューヨークのレイモンに
それぞれ航空便で送る

そして残りの1冊は
彼のためにとっておく
勇将のためにーーー

https://www.youtube.com/watch?v=a7nR4-9Zu28
チョパン ポロネーズ5番嬰ヘ短調






 

172--似て非なる双子

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月26日(木)23時51分38秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  陽一の24時間体制が
またはじまった...

荒訳はおわっても
しっかりしたわかりやすい訳
とはいえない...

若者の書いたものとは思えない
ほど豊かな語彙、味のある表現・・・

日本語として適訳は何か?

熾烈な格闘がつづいた...

ルノアールの傑作
「イレーヌ」と酷似した
「ヴァイオリンを弾く少女」

しかもこの本の著者フレンジー・ナオ
がモデルと同一人物ではないか?

その一点に多くの読者の視線が
注がれている。。。

陽一もはじめはそう考えていた...

その点を本人に差しさわりのない
かたちで、慎重に婉曲に
質問さえした・・・

ナオは困惑したような
懊悩のなかにいるような顔で
こたえた...

「(モデルは)私じゃない・・・
でも・・・」

「・・・?」

「・・・小さいとき
別れ別れになった
双子の妹かもしれない・・・」

「双子?!」

今度は陽一が困惑した...

しかし・・・

ナオはそれ以上
その話題にふれたがらなかったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=kE9uBu5ZnH0
ブラームス「ハンガリー舞曲4番」 J.カッチェン
 

171--勇将との別れ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月26日(木)01時22分43秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  自分が不利になることを承知で
敢えてチャレンジ(ビデオ判定)を求め
相手のポイントとなったどころか

自分自身のマッチポイントを失っても
正義を貫いた男

世界フェアプレイ賞をとったという
事実よりも、地上のあらゆる災厄を
一身に受けてもなお信仰心を失う
ことのなかった旧約聖書のヨブ
そのものだった...

14歳の時イジメによるリンチ
殺人事件の裁判でも
『どんな判決でも僕は受け入れます』

それは裁判を神の裁きと考えて
いたからにほかならない

勇将は14歳でダブリンに渡り
そこでテニスに夢中になり本格的に始める

18で再び留学、ダブリン大学で
天文学を学んだ

そしてそのとき、キリスト教の
洗礼を受けている...

そんな勇将がトッププロの
テニス選手の道を歩まず
テニス普及のためのボランティア活動

実はテニスだけではないもっと広い
意味での平和活動の道を歩んでいることに
陽一は敬意の念をいっそう強くする。。。

『自分には決してできない』
そう思いながらも
勇将の生き方から学ぶ点は
山ほどあった。。。

「日本のあとはどちらに?」

「まずアルゼンチン、チリ・・・
それから南アフリカかな...

植民地のなごりでいまだに白人が
上層階級を占めている国

そこではテニスがさかんだけど
100%が白人

僕は先住民の人たちにテニスを
普及させていつの日か
白人たちを凌駕するように
もっていけたらいいなと思っているんだ...」

白人以外でウィンブルドン・チャンピョンに
なった勇将の言葉は千金の重みが感じられる

「それはすばらしい
ブエノスアイレスは是非一度
行きたいと思っているんだ...

いつかまたどこかで会えると
いいね

あ、そうそう
今、ナオの書いた本
『ヴァイオリンを弾く少女』の翻訳を
やっていてね
出版できたら君に送るよ」

「それはすごい、いつごろ?」

「たぶん、6カ月後くらいかな」

「う~ん、その頃の予定は
まだたっていないなぁ...

でも、来年はまた日本に戻って
くるよ」

「うん、わかった
そのときまた会って直接渡そう」...

だが、1年を待たずに
思わぬところで二人が再会することと
なろうとは・・・

その日の夜
陽一とナオは数人の友だちもよんで
秋田駅近くのカフェを借り切って

勇将への感謝と旅立ちを祝って
送別会を開いた

秋田の郷土料理を食べながら
思う存分に語り合い・・・

最後にナオがまたすばらしい
ヴァイオリンを披露した

勇将も大好きだという曲
落ちこんだとき必ず勇気をあたえてくれるという

『ヴァイオリンと管弦楽のファンタジー』ーーー

https://www.youtube.com/watch?v=Wnulf1Os1wo
Vnのためのファンタジー










陽一は勇将の手をしっかり握り
別れた






 

170--未完成の2章

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月25日(水)14時20分32秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  更衣室からでてきた勇将は
あのときのままの青年だった

精悍でさわやかだが
スポーツ選手というより
叙情的なピアニスト

あるいは子供心を持ち続けている
夢あふれる詩人のような・・・

これから何年たっても
年をとることなく青年で
あり続ける・・・

そんな男の登場に
場内から大きな拍手と歓声が
わきおこった...

少しはにかんだような笑顔で
手をあげてこたえると

勇将はおだやかにいった

「みなさん、ありがとうございます
秋田は僕の育った山形のおとなりで
とても親近感を感じています...

では早速始めましょう
大いに楽しんでくださいね...」

知らない人が見たら
この男が世界最高の舞台
ウィンブルドンを制したテニス選手だ
などと決して思わないだろう...

1つのコートに4人入り、ダブルスの
ような形で打ち合う

勇将は一人ひとりに近寄って
ていねいな指導をしながら
4×4=16人のコーチをつづける。。。

「はい、みなさん
全員できましたでしょうか?
まだやってないという方は
いらっしゃいませんか?」

最後までコーチは
やさしく親切だった。。。

「ではみなさん各自で
お続けください・・・」

4つのコートの一番はしに
いってベンチにおいてある
ペットボトルの水を飲んだあと
勇将ははっとする

「こんにちは!
ユウショウ君、久しぶりです」

「え?! 陽一君?
いやあ、こんなところで
会えるなんて・・・」

「よかった、僕のこと
覚えていてくれたんだね」

「忘れることはないよ
ニューヨークからの009便!」

20年ぶりに再会した
小学校時代の同級生のように
二人の心はとけあっていった。。。

「あれからもう5年、世界の
テニス情報はよく見ていたんだけど
ユウショウ・タカギの名前が
見つけられなくて...
どうしているんだろうなって
思っていたんだよ」

「はい、僕はこうして元気だよ
元気に楽しく世界中をまわってる...]

「試合?」

「いや、世界中の特にアジア、アフリカ
中南米の子供たちにテニスを通じて
スポーツの素晴らしさを知ってもらって

いま世界中をおおっている
イジメや暴力の愚かさをなくしていこう
そんな活動をやらせてもらって
いるんだよ...」

日焼けした顔がやさしく微笑んだーーー

https://www.youtube.com/watch?v=w99tKNx3H7I
交響曲8番「未完成」2楽章 カルロス・クライバー

 

169--壮大な計画

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月24日(火)12時05分8秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  日本の絵画史上最高峰の画家
藤田嗣治

その全貌にせまる展覧会に
陽一の心はうばわれる...

パリだけでなくヨーロッパ画壇で
絶賛されたフジタは日本画壇からは
総すかんをくらった悲劇の画家でも
あった

そこには低次元の嫉妬心から生まれた
やっかみと日本社会の狭量さが
うずまいていた

だが、そこ秋田の展覧会で
示された絵画たちには

そんな次元の低い環境など
すべて吹き飛ばしてしまうような
高次元の芸術魂がみちあふれていた。。。

展示の最終コーナーには
彼が晩年パリの郊外ランスに創った
フジタ教会、シャペル・フジタの
内部を再現した作品群...

藤田嗣治最後の傑作は絵のみならず
建物、彫刻、ステンドグラスに至るまで
トータルにデザインされた教会全体

1959年、ランスでキリスト教の
洗礼を受け信者となったその信仰心を

自らの芸術で具現させようと教会の
プロデュースを志した彼は
その時の洗礼親でシャンパンメーカーの
経営者の助けを借りて

洗礼の地に完成させたのが1966年
フジタはその時80

そのわずか2年後、1968年
スイス、チューリヒでガンのため亡くなっている。

没年から逆算しても、シャペル・フジタの
デザインや壁の描画に没頭していた時
すでに彼の体は相当病魔に蝕まれていたはずだ

そんななか、なおあの力強さ
その時の藤田には神が宿っていたとしか思えない。。。

名画にかこまれた
あっという間の至福の1時間

洗礼を受けたフジタのように
心の洗われた陽一は

ナオとの約束の場所に向かう

4面のコートにはすでにたくさんの
テニス選手たち

160センチに伸びた、真っ白な
テニスウエアのナオはすぐにわかる

「ナオ、きたよ!」

「お~ヨウ、ありがとう
ユウショウ今さっき着いたばかりで
今あらわれますよ」

そう言い終わらないうちに
ウィンブルドンを制した男が
100人を超える人たちの前に

その雄姿を現したーーー


 

168--レオナール・フジタとモデルたち

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月23日(月)16時34分48秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  翌朝、11時のフライトで秋田空港に12時半

空港内のレストランでてんぷら定食の昼をとり
陽一は再会の場、千秋公園に向かう

ナオとの約束まで1時間ある
公園のとなりにある、前回いった県立美術館の
大きなポスターが目に入る

『レオナール・フジタとモデルたち』

1920年代のパリで、乳白色の裸婦像により
画壇の寵児となった藤田嗣治

藤田は多様な主題を手がけますが
その画業の中心を占めるのは人物を描いた
絵画であるといえます

藤田作品をモデルという視点から考察する時
人物をどのように描くかという画家としての
問題意識が浮かび上がります

本展では、フランスのエソンヌ県の特別協力
により、藤田が初めて群像表現に挑んだ
大作を出品、あわせて約80点の人物を描いた
絵画を展示します

また妻・鴇田とみ宛書簡などの資料や写真
により、藤田の交流の軌跡も紹介します

生涯挑戦し続けた画家の核心に迫り
格闘を主題とした男性の裸体表現にも
注目する展観をお楽しみください。。。

あまり時間的余裕はないが
すいこまれるように陽一は
美術館のなかに入っていったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=sT7oq5Ke_ng
モンパルナスのフジタ(藤田の生涯)

https://www.youtube.com/watch?v=v3wZNcXFYQc
レオナール・フジタ

https://www.youtube.com/watch?v=pKWt3sWLfRw
フジタ Part1

https://www.youtube.com/watch?v=8rKp7aqYjmA
フジタ Part2










 

167--勇将との再会

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月22日(日)22時09分40秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  ウィンブルドンチャンピョンは
あの日、ニューヨークから偶然
乗り合わせた飛行機のなかで言っていた

「プロのテニス選手になる気はないよ
僕にはやるべきことがあるんだ...」

それが何であるか
陽一はあえてきこうとは思わなかった

自分自身、同じことをきかれても
素直に答える気になれない・・・

社会人になる前の21歳という
人生でもっとも多感な精神状態が
そうさせたのかもしれない。。。

アンカレジ、ソウル経由の16時間
コーヒーを飲みながら
おたがいに好きな趣味、映画、音楽・・・

話は尽きず、気がついたのは
成田空港第1滑走路に車輪がついて

ゴーッという着陸の逆噴射の音が
きこえたときだった...

「おたがいに希望をもって
生きていこう!」

それが最後のことばだった

連絡先の交換もしれいない...

物心のついた3才からの‘竹馬の友’
のような、あるいは

前世は血をわけた双子であったかのような

そんな親近感に和んだ心をもって
さわやかに離れていった。。。

いつかそれぞれの道が交錯するときが
きっとくる

当時一気に広がり始めたインターネット
それを使えば、有名人、高木勇将の
その後を調べることはできたろう...

だが陽一はそれをしなかった

自然の流れのなかで
天は二人の再会を授けてくれるに
ちがいない...

そんな確信のようなものを抱いて
陽一は自分の道を切り開いていった。。。

「えっ? ヨウはユウショウさんのこと
知ってるんですか?」

「うん、実はね
あのとき、ウィンブルドンの初戦を
現地でたまたま見たんだよ

その1カ月後、ニューヨークから
日本に帰る飛行機で偶然
彼といっしょになって...

すっかり友達になっちゃったんだよ」

「お~それはすてきですね
ひょっとしてお二人は同じ年?」

「そのとおり! 誕生日も同じ12月
僕が7日で彼は5日なんだ

それで、彼は秋田にどのくらいいるのかな?」

「世界の、特に発展途上の国々をまわって
テニスの普及を目指してるっていうことで

たぶん私たちの指導をしてくれたあと
すぐにまた海外に出るらしいですよ」

陽一の頭のなかですばやい計算が
はじまった...

目の前にいるナオの原稿翻訳の
真っ最中だが

荒削りながら全原稿の訳はおわっている
1日だけならさして問題はなかろう...

これを逃したら勇将との再会は
ないだろう・・・

「ナオ、僕も明日
秋田にいくよ」

「ほんとう?」

「ナオは何時の飛行機?」

「羽田発、朝の9時です」

「う~ん、それがいいけど
とれなかったら次の便でいくよ
秋田のテニスコートで会おうね...」

翌日、9時の便はとれなかったが
11時のフライトで陽一は晩秋の秋田に
向かったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=uUG2fq4zc2I
モーツァルト 17番 3章
 

166--まさか

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月22日(日)13時25分9秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  鳴りやまない拍手と歓声・・・

ようやく我にかえった陽一は
席をたちあがると
まっすぐ楽屋にむかった...

「山上と申しますが
フレンジーさんいらっしゃいますか?」

「少々おまちください...」

まもなく現れたナオ
すでに衣装を代えて普段着になっている...

「お~ヨウ、きてくれたんですね
ありがとう!」

おたがいハグしたあと
陽一はいった

「ナオ、こんなすばらしいブラームスは
初めてだよ

それにピエイエズ!
どちらも天国のご両親にじゅうぶん
とどいたね・・・」

「そういってくれると
本当にうれしい...

今日の演奏会で
これからなんとかやっていける
かもしれないって思いました」

ナオの大きな青い瞳は
きらきら輝いていた。。。

「ヴァイオリンも大変でしょうけど
テニスもやってるの?」

「はい、Vnにスポーツはよくないって
いう先生もいるけれど

私の先生はむしろVn弾くうえで
プラスになるよって...

明日秋田に帰ったら
東日本大会のトーナメントが始まるんです」

「はは、ピアノも東日本
テニスもおんなじだね...
でも明日帰るなんて
ずいぶん急でたいへんだなぁ・・・」

「なぜかって、明日
私のテニスの恩師が南米から
一時帰国するんです」

「テニスの恩師?」

「そう、この前もお話したでしょ?
私、その先生がいたからこそ
テニスに目覚め、それが
ヴァイオリンを続けていく後押しに
なったんです」

「ほお、それはすごい先生だね」

「彼、ウィンブルドンの元チャンピョン
ヨウも知ってるでしょ?」

「えっ?!
まさか、高木ユウショウ?」

信じられない驚きで
陽一はひっくり返ったような
声を発したーーー

https://www.youtube.com/watch?v=SdpWpM-iYU0
モーツァルト20番ーー3楽章





 

165--慈悲深き主イエスよ

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月22日(日)02時07分47秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  ベートーベンの第九を超えようとして
20年の歳月を要した交響曲第1番とならんで

ブラームスの最高傑作とされる
ヴァイオリン協奏曲ニ長調

数多あるヴァイオリンコンチェルト
のなかでも技術的にも音楽的にも
最高難度の名曲は

2400人の聴衆の心の深奥まで
感動させた...

だがそれでおわりではなかった

いや、その日のコンサートは
世界の音楽史上、類を見ない
ギネスブックにさえ載らんばかりの
離れ業をえがいてみせた。。。

通常、ピアノでもヴァイオリンでも
コンチェルトがおわったあとの
アンコールは

ピアノソロ、ヴァイオリンソロの
短い名曲が奏でられる...

ヴァイオリンのアンコールに
うってつけの名曲はバッハの
無伴奏ソナタ、パルティータが多い...

ところが、万雷のカーテンコールに3度
よびもどされ、4度目にでてきたソリストは

愛するヴァイオリンをもっていない

『あれ、アンコールはどうした?』

すべての聴衆からどよめきがおこったとき

フレンジー・ナオはマイクなしの
高い通る声で言った

「ピエ・イェズ」は原曲通り声で
演奏させていただきます!」

さきほどの疑問のどよめきは
驚きのどよめきにかわった・・・

美しいレクイエムの旋律は
ヴァイオリンで奏でられるもの...

まさかプロのソプラノでも
かんたんには歌えない難曲を
ヴァイオリニストが歌うだろうなどと

だれが思っただろう・・・

この曲を初めて聴いたサンサースは
フォーレに言った

「君の『ピエ・イエス』こそが唯一の
『ピエ・イエス』だ。モーツァルトの
『アヴェ・ヴェルム』こそが唯一の
『アヴェ・ヴェルム』であるように...」

世にあるレクイエムの中でも
ひときわ輝く珠玉の調べ...

天に届くというならこの曲をおいて
ほかはない...

ナオは会場の高い天井を見上げて
深呼吸してやわらかな微笑みをみせると

えもいわれぬ天使の歌声が
会場にひびきわたった・・・

Pie Jesu Domine
dona eis requiem
sempiternam requiem

慈悲深き主イエスよ
お与えください、彼らに安息を
いつまでも続く安息を

まさに神々しいソプラノは
天高くのぼり、天上の269人の
御魂(みたま)に届いたことだろう・・・

陽一の目からとめどない涙が
こぼれおちたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=PJanc3-a320
ピエ・イェズ フォーレ Barbara Bonney

 

164  一夜の奇蹟

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月21日(土)21時04分58秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  3度の食事も1度になってしまうほど
ときのたつのも、外の天気さえ気づかずに
翻訳作業はすすめられた。。。

ナオは国語力、文学力が
非常に高く、洗練された英語は
17歳のものとは思えない...

いくら英語に慣れているからといって
陽一にとってネイティブの言語を
こなれた格調高い日本語に直していく
ことは困難をきわめた。。。

だが、その内容にひきこまれ没頭し
なんとか一通り荒削りの訳がおわった
ちょうど1カ月後

ナオの送ってくれた招待状の
出番が来た...

11月初めの金曜日

上野の森は秋の雨でけぶっていた...

だが、真っ赤に色づいた紅葉が
黄金色のイチョウのじゅうたんに
舞い落ちて

美しいモザイク模様の
カーペットを織りなし

夕暮れの霧雨のつくりだす
幻想的な風景は

哀愁おびたパリの街角を描きつづけた
ユトリロならどんなふうに描くだろう...

そんな思いを抱きながら
陽一は東京文化会館に入っていった。。。

2400人収容の日本有数の
音楽の殿堂は

東日本音楽コンクール優勝

そして大韓機撃墜で両親を失った
悲劇の少女という2つのことだけで
多くの共感をえたようで

一睡の余地ない超満員の熱気で
つつまれていた・・・

受付でナオの送ってくれた招待状を
だすと

責任者のような男がさっと寄ってきて
言った

「このたびはお足を運びいただきまして
まことにありがとうございます

よろしければどうぞこれをご覧ください」

渡されたのは5ページほどの
しゃれたプログラム

中央前から7番目の席について
プログラムをめくると

文章の達者なナオの挨拶と言葉が
のっている...

『みなさま、本日はお忙しい中
ご足労くださいまして
まことにありがとうございます

本日弾かせていたさきます2つの曲は
天国の父、母に捧げるものであります

ブラームスのVn協奏曲ニ長調
これは父が生前、もっとも愛聴して
おりました曲で
私が3歳でVnを始めたとき言いました

「ナオ、おまえがこれを弾く時には
必ず聴きにいくからな」

だから今日これを天国の父は
きっと聴いてくれていると思います...

そしてもう1つの曲
フォーレの「Pie Jesu」(ピエイェズ)

これは母の大好きだった曲で
生前アマチュア歌手だった母は
おりあるごとに歌っていました

これを今日
天国の母におくります

そしてみなさまの心のどこかに
少しでも共感してくださるところが
ありましたら

こんなにうれしいことはありません

どうぞ今宵はごゆっくり
音楽をお楽しみくださいますよう

私の今まで勉強してきたことが
少しでもみなさまのお心に
届きますよう
ねがっております。。。」

開演し長いオーケストラの調べが
おわり

ついにヴァイオリンの熱いマグマが
噴出したーーー

https://www.youtube.com/watch?v=ZQ0BYRes-rQ
ブラームス Vn協奏曲 1楽章



 

163--最高に至福のとき

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月21日(土)20時13分35秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  職は決まっていないのに
陽一の新しい仕事が与えられた...

翻訳出版だ
最終構校正までおわり出版日まで決まって...

日の目を見ることなく埋没してしまった
幻の処女作

そのコペンセイション(代償)は
陽一の執筆魂に火をつけた...

それからの3ヶ月間
24時間体制の突貫工事
翻訳作業は毎日深夜3時、4時まで
つづいた。。。

しかも出版社からもう一つ
思わぬ依頼を受ける...

「翻訳者、山上陽一さんの解説を
ぜひお願いします」

「え? 解説
書いてもいいんですか?」

「今回のナチス略奪問題は
今、世界的にたいへん大きな問題に
なっています

ところがワイドショー的な的の外れた
見方、興味本位だけのくだらない
説明が横行しています

だからこそ、どうしても的確な
解説が必要なんですよ

それに原著者、フレンジー・ナオさん
からのご依頼もありまして...

ユダヤ問題にお詳しい山上さんの
解説をお願いしたいと...」

「ほんとうですか?
ありがとうございます...

全力でとりくませていただきます」

あとからふりかえっても
その3カ月は
陽一の人生で最高に輝いた
至福の時空だったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=DIQlkZoYn1o
ショパン Pソナタ3番 3章 Kissin

どうしても
 

162--ヴァイオリンを弾く少女

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月20日(金)15時33分10秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  8歳にして
ルノワールの傑作のモデルとなり
数奇な運命を歩んだイレーヌ

だが、もう1つ驚くべき絵があった

『ヴァイオリンを弾く少女』

その写真を見た瞬間
陽一の頭に電撃が走る

これはナオではないか!

作者も製作年も不明の作品は
文字通りヴァイオリンを弾いている
少女を描いたもの...

美しいライトブルーのドレス
同じ色のリボンを長い髪につけ
ぱっちり見開いた大きな瞳・・・

ルノワールのイレーヌそのもの
まさに生き写しである...

そんな少女が奏でているヴァイオリン

純朴ななかに
なにか憂いをおびた調べが目の前で

生きた音の鳴っているような感に
とらわれる...

もともとそこにあるのは
絵画という2次元平面

だがそれは奥行きのある3次元の立体空間

そのうえに音という次元が加わって
4次元の世界が見事に構築されている・・・

画家としてのなみなみならない技量は
もちろん、視覚を超えて音という聴覚まで
描き切った傑作として

発見当初から
一部の批評家たちから
ルノワールのあの少女像をこえる
20世紀最高の作品ではないかと
ささやかれてきた

今それがついに公のものとして
世界中の人の知るところとなった

ルノワールの手によるものではないか
そんな声もあったが
製作年、画材、筆運び・・・
どれもフランスの巨匠のそれとは
ちがっていた

問題はこのヴァイオリンの少女が
ルノワールのイレーヌに酷似しており
同一人物ではないか

イレーヌ・ダンヴェール氏がヴァイオリンを
弾いたことがあるかどうか
調べ始める批評家もあらわれたが
その事実はないことが判明した...

しかし時代がちがうのだから
同一ではなく、『イレーヌ嬢』を
模写したものではないか・・・

そんな指摘をする批評家もいた

こうして『このモデルの少女の正体は?』
ヨーロッパのみならず世界中の
画壇でその話題はもちきりとなる,,,

そうした流れのなかで
このたびのナチス略奪絵画の返還騒動

その渦中にあったユダヤ系イギリス人の
少女、フレンジー・ナオに
白羽の矢があたったのである

1983年9月1日
陽一と同じように一瞬にして
愛する父母を失ったナオ

宗谷岬での追悼の場でヴァイオリン
を弾いていたときの憂いをおびた
あのときの瞳が

今目の前にヴァイオリンの調べと
ともにあったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=sPciYNe6dzM
ああ、いくたびか「カプレーティとモンテッキ」ベッリーニ







 

161--8歳少女の肖像

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月19日(木)17時37分24秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  まわりの友人たちがどんどん
進路が決まっていくなか
何も決まらない陽一に
新しい仕事が与えられた...

翻訳出版
それも単なる頼まれ翻訳ではない

ナチスによる略奪、ホロコースト
さらにはルノワールの名画
そしてブラームスのヴァイオリン協奏曲
にいたる広大な分野にわたるもの

1935年に始まり1995年にいたる
60年の壮絶な物語である。。。

物語はルノワールの傑作
<イレーヌ・ダンヴェール嬢の肖像>

そのモデルとなった8歳の少女の人生
から始まるーーー

絵画史上もっとも有名な美少女

彼女の名前はイレーヌ・カーン
・ダンヴェール(1872 - 1963)
絵のモデルになった時は8歳だった

この幸福そうな美少女
その後の運命は?

裕福な銀行家の家に生まれ19歳で
同じく銀行家に嫁ぐ
いわゆる政略結婚

2人の子供に恵まれたが
結婚生活は10年で破局...

翌年、イタリア人の伯爵と結婚
この結婚も19年で終止符

その後、彼女が60代の終わりにさしかかる頃
第二次世界大戦が勃発する

そして、運命は最悪の誘いを...
ユダヤ人であった彼女の銀行家の夫と
2人の娘はホロコーストの犠牲に・・・

同じくユダヤ系であった彼女の家族の中でも
次女のエリザベスもナチスに捕えられ
収容所に行く途中で亡くなった...

2人の娘はルノワール
「<バラ色と青色の服を着たカーン・
ダンヴェールの少女たち>に描かれている

6歳の頃のエリザベスと5歳の三女アリス

イレーヌがホロコーストから免れたのは
イタリアの伯爵と結婚した際に
ユダヤ教からカトリックに改宗し
名前もイタリア風の名前になっていたため
だった。。。

一方、第二次大戦中
イレーヌの肖像画はナチスの略奪に遭い
将校ヘルマン・ゲーリングが所有していた

彼は党のナンバー・ツーであり
美術品のコレクターでもあった...

戦争終結後、ナチスの略奪品は返還され始める
1946年パリのオランジュリー美術館は
ナチスから返還された美術品を展示した

その中にはもちろん
イレーヌの肖像画もあった

当然彼女は所有権を主張し
肖像画は彼女の元にもどる...

この時、すでにイレーヌは74
後に印象派のコレクターエミュール・ビュールレ
がイレーヌ本人から買い取り
肖像画はスイス、ジュネーブへ...

1963年イレーヌは91という高齢で
波乱に満ちた生涯を終えた。。。

これだけでも波乱万丈の物語だが
これが前段となって

後段のナオの物語へと
つながっていくーーー

https://www.youtube.com/watch?v=APKBc5q7B_0
<イレーヌ・ダンヴェール嬢の肖像> ルノワール




 

『ブラックホールの泉』 あらすじ(1部~3部まで)

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月19日(木)00時36分21秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  山上陽一は大学1年の春
ダンスにあこがれて社交ダンスを競技として
行なう舞踏研究会に入る

そこで知り合った同級生の谷川さゆり
ワルツ、タンゴの新人大会出場が決まったが
先輩の陰謀により、さゆりは退部

元々の希望、パリ留学を果たし
それを追うように陽一はニューヨークへ

目的は国際政治の勉強および
「ケネディ暗殺の犯人」「大韓機撃墜の真相」

犠牲者269人のなかに陽一が15歳の時亡くした
両親が入っていたのだ

NY滞在中の夏休み
遊学としてパリにわたり、さゆりを
探したが帰国したらしく会えずにおわる

NYへの帰路立ち寄ったロンドン、ウィンブルドンで
世界最高峰のテニスの大会
そこで大番狂わせを演じて優勝した日本人がいた

高木勇将、奇しくも陽一と同じ年で
留学を終えてNYから乗りこんだ飛行機で
勇将と再会し意気投合する。。。

1983年9月1日、大韓機撃墜事件
その7年後、宗谷岬で行なわれた追悼会

そこで知り合った2人の女性
アイルランドからきたジェニファー
イギリスからきたナオはそこで
ヴァイオリンと歌を天国の両親にささげる

日英混血、14歳のナオは
7歳の時両親を失い、母方の実家秋田に向かう

そんな流れのなか、陽一、ジェニファー、ナオ
3人は秋田美術館を見学して別れる

そして驚くべき事実を知ることとなる
ジェニファーは同じ留学生のさゆりの友達だという

だが彼女もさゆりの居場所がわからない

陽一は帰国後最大の仕事として
NYでまとめた「ケネディ暗殺の真犯人」
という本の出版の直前
ある陰謀により挫折を余儀なくされる

大学卒業後、第一志望の
新聞記者の道は断たれ、中学教師となるが
5年後、ある事件がきっかけで退職

世界放浪の旅に出る

3年後帰国した陽一は
秋田で立派に成長したナオからの依頼で
ナチス略奪の絵画返還物語の翻訳を手がける
こととなる

それはやがて陽一の将来の扉をあける
こととなっていく。。。

アイルランドで友人だったジェニファーと勇将

宗谷岬で知り合った陽一とジェニファー、ナオ

テニスが縁で知り合った勇将とナオ

5人の人生の織りなす綾が
40年の歳月を経て千変万化する
壮大な愛の物語がつむがれていく

人間だれもがもっている
ブラックホールの泉を求めてーーー

https://www.youtube.com/watch?v=8VAayWlc2FI
ムーランルージュの歌








 

159--ヴァイオリンを弾く少女 <第3部完>

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月18日(水)16時58分13秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  それは意外と長めの手紙だった
わずか2年できちんとした日本語で
書けるようになったことに驚きながら
陽一はゆっくり読み始めた。。。

「ヨウ、こんにちは
ご機嫌いかがですか?

私は日本の生活にすっかりなれ
友だちもたくさんできました

日本の生活は
人のことをすこし干渉しすぎる
こともありますが
エンジョイしています

いま、歌も練習していますが
ヴァイオリンの素晴らしい先生と
出会って、毎日Vnを一生けんめい
練習しています

1か月前、東日本音楽コンクールに
でて1位をいただきました・・・」

これで終わりかと思ったら
うすい便箋がまだあと2枚が
つづいていた。。。

「ところでヨウにひとつお願い
があります

ヨウは英語がかなり上手なので
お願いしたいのです

それは私のまとめたストーリー
物語、あるいはドミュメンタリーと
いったらいいのかな...

私の曾祖父の所有していた絵の物語
なのです

その前段としてこれを
お読みくださいますか?」

それはドイツ語の新聞記事の
写しで、陽一はすぐにドイツ科の友人
にたのんで訳してもらう。。。

『第2次世界大戦の戦火で失われたと
考えられていた約1240点の絵画が
ドイツで発見された

絵画の所有者コーネリウス・グルリット氏は
今年5月に死去

ところが、遺贈先を遺言でドイツではなく
スイスのベルン美術館に指定していた

戦後、この事件以上にナチスの略奪画への
関心を高めたものはない

この降ってわいた贈り物に当惑する
ベルン美術館に世界の注目が集まっている

ベルン美術館は当初、この遺贈を受けるか
どうかの発表を11月26日に行うとしていた

しかし発表は2日早まり、しかもスイス以外の
場所で行われるという

この経緯から、ベルン美術館はうわさ通りに
コレクションを受け取り、本体はドイツに残し
絵画の元の持ち主を探すのではないかと推測される

この膨大な数の絵画は、グルリット氏の父で
ナチスに協力した美術商ヒルデブラント・
グルリット氏によって収集され
息子のコーネリウス・グルリット氏の
ドイツ・ミュンヘンのアパートに隠されていた

コレクションは、検察が脱税の疑いで
グルリット氏のアパートを家宅捜査した際に
たまたま発見され当局に押収された

そのことへの反発から、同氏はコレクション
の遺贈先をベルン美術館に指定したとされる

ドイツの法律では、絵画返還の請求権は
30年で消滅する

つまりグルリット氏は遺贈の手続きを
合法的に進めたことになる

少なくとも、同氏はそう考えていた

グルリット氏のドイツの自宅や一部
オーストリアで発見された絵画の
はっきりとした数は公式発表されていない

しかしその数1240~1650点に及ぶ
と言われるーーー

ナチスに略奪され、行方が分からなくなって
いた絵画1400点以上を所有していたドイツ人
美術品収集家コーネリウス・グルリット氏(81)が
6日、死去した

ピカソ、セザンヌ、シャガールなどの作品を含む
コレクションはすべて、スイスのベルン美術館に遺贈される
唐突の知らせに、同館は驚きを隠せないでいる

ベルン美術館側はまた、コレクションを受け入れた
場合にドイツとは法的に異なる国に移住したユダヤ人
の相続人から、絵画の返還要求が爆発的に起こる
可能性を懸念

さらに、倫理的側面も考量する
なぜなら、コレクションの3分の1が所有者から
略奪されたものだからだーーー』

う~ん、これはかなり複雑な話だな
ナチスが暴虐だけでなく略奪のかぎりを
尽くしたことはよくわかったが

略奪絵画がこんなにも大量に存在するとは
思わなかった...

しかしナオの物語はわかりやすい
ものだった

「以上の状況のなかで
強制収容所で亡くなった私の曾祖父
の所有していた絵画
<ヴァイオリンを弾く少女>
ユダヤ系オランダ人の描いた傑作が

このたび返還されることになったのです
曾祖父の遺言によって返還先は1983年に
亡くなった父、そして
その財産継承者である私、フレンジー・ナオ
の元にくることになったのです

略奪された1940年から
1995年までの55年間

曾祖父の孤独の戦いが
祖父、そして父の手に引き継がれて
ついに私の元に悲願の作品返還が
実現したことを

私の親族だけではなく
多くの人に知ってもらいたい
同じような被害にあっている方々への
励みにもなればいいと考えて
本にしたいのです

日本で出版できるかどうかはわかりませんが
イギリスではすでに出版の方向に
むかっています

どうかヨウのお力で
日本語の翻訳をお願いできましたら
うれしいですーーー

あ、最後になりましたが
来月、上野の東京文化会館で
私、コンサートに出させてもらいことに
なりました

ブラームスのヴァイオリン協奏曲
上野達也指揮、東日本フィルです

ご招待券を同封しましたので
もしお時間があいましたら
どうぞお越しくださるよう
お待ちしています

ではおからだたいせつに
     Your friend Nao」

あまりの深さと感動で
陽一はことばを失い
しばらく手紙を握ったまま
動けずにいた。。。

https://www.youtube.com/watch?v=Fs2eFvmmX8M
Gattopardo(山猫)ニーノロータ










 

158--ナオからの手紙

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月18日(水)01時33分42秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  エルサレム、嘆きの壁で
熱心ンイ祈りをささげているユダヤ人の
姿を感慨深く見ていた陽一に

ドカーンという身の毛もよだつ
不気味な地響きのする爆弾がおそった...

全身が吹き飛ばされそうになるのを
すぐ近くの石の柱にしがみつく

逃げまどう市民、観光客・・・

地面にふせる者、絶叫をあげて
あてもなくかけだす者・・・

どこからきたのか
いつのまにか30人を超える
イスラエル兵士が自動小銃をもって
敵を探しながら走りまわり
あっというまに
すべての道路を封鎖した・・・

上空にはヘリコプターが3機
爆音をならして旋回している・・・

「Come in, come in!」

その叫びに陽一は
一番近くにある小さな
レストランに逃げこんだ...

入口の窓から外をみると
20人を超える犠牲者が
担架で運ばれている...

全身血まみれの者
足を吹き飛ばされた者
上半身ぐちゃぐちゃになっている者

頭を吹き飛ばされている姿に
陽一は目をおおった・・・

「ムズリムの奴らめ!」

うめくようにレストランの
店主はうなった。。。

店内のラジオはアラブ側の
テロ事件を口早に報じている...

1時間後
町は何事もなかったかのように
さきほどの活況を呈し始めた。。。

そのことは
イスラエルのおかれた混迷を
如実に示し、陽一は心の底から
ユダヤ・アラブ問題の根深さと
恐ろしさを実感した。。。

それでも陽一は
イスラエルにいつづけた...

ここに2700年以上前に
住みつづけていたユダヤの民は
祖国を追われ
ヨーロッパ諸国に移り住み

27の世紀を迫害のなかで
たくましく、悲憤のなかで
生きてきた・・・

いつの日かかならず
救い主メシが現れることを
信じて・・・

しかし
その果てに待っていたのは
ドイツ、ナチスによる
史上最大の迫害、ホロコースト
ユダヤ人の皆殺しだった・・・

世界に散らばったユダヤ人
900万のうち、なんと600万の
命が第2次世界大戦中に奪われた。。。

その結果、ヨーロッパで
かろうじて生き延びたユダヤ人たちは
2700年前の祖国、イスラエル王国
ユダ王国の地に

イスラエル国を建設したのだった。。。

しかしながら
そこで犠牲になった人たちがいた

ユダヤ人に住みかを追われた
パレスチナ人だ

彼らと彼らを支援する人たちは
イスラエル粉砕を叫んで

ここに5回にもおよぶ
中東戦争が勃発したのだ...

そして今なお
目の前で起こったような戦争が
つづいている...

日本国内ではイスラエルの横暴への
批判が根強く

陽一も何の非もないのに
土地を奪われ命を奪われている
アラブ側への共感が強かったが

アメリカ留学のなかで知り合った
多くのユダヤ人、とりわけ
親しくなったレイモンとのつきあい

シナゴーグでのホロコースト
追悼式への参加

公園で知り合った
アウシュヴィッツ強制収容所の
奇蹟の生存者との出会い等...

またこうしてイスラエルの側に
物理的に身をおいて
実際に爆撃をうけるという経験の
なかで

必死に自分たちのレゾンデートル
(自身が信じる生きる理由)を
探し求めているユダヤ人たちに
共感を抱かずにはいられなくなっていた。。。

1カ月におよぶイスラエル滞在の後
3カ月かけてまわったヨーロッパ諸国・・・

そして2年ぶりに祖国の地をふんだ
陽一のもとに

偶然にも秋田のナオから手紙が
届いていたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=bypPSnm1gJ8
亡命の歌(Chanson d’exil)





 

157--放浪

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月17日(火)14時06分17秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  まわりの友人たちがつぎつぎと
卒業後の道を決めていくなか
陽一の進路は困難をきわめていた。。。

外国駐在員になりたくて
新聞社、通信社を3つ受けたがどれも敗退

そのなかの1つは最終面接までいったのだが
流れのなかで自分の意見をはっきりといい過ぎて
しまったのが敗因だった...

日本企業の‘超同一性’を知った瞬間でも
あった。。。

すべりどめにと考え、保険会社の内定は
とりつけていたが自分の希望からあまりにも
離れすぎていた...

結局、卒業後1年間
予備校の講師をやりながら
再度新聞社を受ける

地方紙だけは受かったが
外国駐在などない小さな会社

いろいろ思い悩んだすえ
教員資格を生かして中学校の教師の道に
進んだ。。。

初めの3年は教育の情熱のまま
いそしんでいった...

そして一部の生徒や保護者たちから
熱狂的な支持を受ける。。。

4年目の夏休みに起こった
ボート転覆事故による生徒3人の死亡事件

一部の保護者たちは連名で全く責任のない
担任教諭に全責任をぶつけた

本当の問題、生徒本人および保護者の怠慢
などを正直に指摘したことで

陽一はより多くの保護者達から
集中攻撃を浴びてしまう...

教育の本当の姿、形も知らずに
1億総ロボットのような生徒作りに
勤しんでいる文部省のばか役人の方針に
反対して

本当に生徒一人一人の教育に
情熱を燃やしているその担任教師

一方、自分の身の保身ばかり考えて
行動する校長、教頭、その他の教師たち

陽一の行動は、そういった義務教育の
現場の現状に対する大いなる不満の
奔出ともいえるものだった。。。

多勢に無勢
担任教諭はいわゆる僻地の中学校に異動

陽一は異動命令が出る前に
辞職届を提出した。。。

そして2年間の外国放浪が
はじまった...

鹿児島から旅立った陽一は
ホンコン、シンガポール、タイ
マレーシア、インドネシア

オーストラリア、インド、中東から
アフリカ諸国、エジプトから
イスラエルに入った。。。

日本では決して得られない
さまざまな貴重な体験は
その後の陽一の人生にとてつもない
財産をあたえていくこととなっていったーーー

https://www.youtube.com/watch?v=qxI_AHuKzo0
エルガー「チェロ協奏曲ホ短調」1楽章

 

156--月に寄せて

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月16日(月)15時46分48秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  You raise me up・・・

自分ををここまで育てあげてくれたあなた・・・

宗谷岬で聴いたあの痛切な叫びは
会場のみなを肉親との魂の再会へと
誘ったが...

いまこの叫びは
会場のみなに
つらい苦難の道をわかちあう人との
会話と安らぎへとみちびいた。。。

陽一にとっては
天への祈りのようにきこえたーーー

ブラーヴォーの大歓声にこたえて
イギリスと日本のミックストブラッドは
14歳のあどけない少女の笑顔をみせた...

舞研の部長にあいさつをして
陽一は握手ぜめにあっている
ナオのそばに近づいた...

「ナオ、すばらしい演奏と歌を
ありがとう!
ますますレベルがあがっているね」

「あ、ヨウイチさん!
え?! また会えるなんてびっくり...」

「もうとっくにイギリスに
戻っているんじゃなかったの?」

「あれからまた秋田の実家にもどって...
しばらく日本にいることになったんです」

「え、じゃあ学校は?」

「日本の中学校に通っています」

「お~そうなの...
それはいい、日本語ますます
じょうずになるね」

「はい、国語大好きです
それとテニスも始めました」

「テニス?!
中学の部活だね?」

「いいえ、部活じゃなくて
なにかのボランティア団体の
教室に入ったんです...

日本全国にテニスを普及しようっていう」

「ほう、それはいいね
じゃあ、今度テニスをしようね
僕、へただけどテニス大好きだから」

二人はがっちり握手して別れる。。。

初めての出版という夢が破れて
今後の目標を失いかけていた陽一は

なにも決まったわけではないのに
新たな目標がみつかりそうな予感
ユーフォリアのなかに
はいりこんだような自分

雲間から見えだした
美しい月に照らされた
新たな道が見えたような気がしたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=bXXIEeiCrqM
月に寄せる歌ーードヴォルザーク








 

155--切ない情熱

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月15日(日)18時06分35秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  会場はかなりの人でにぎわっている

しかし、ダンスパーティーには
それなりの流れがあり、2時間以上が経過し
あと30分でおわりという状況では

陽一が踊ろうとしても
相手をみつけることは難しかった...

ルンバがおわりワルツが流れ出した
昔懐かしい「ムーランルージュの歌」

舞研のテーマ曲ともいえるもの
さゆりと新人大会の準備をしていたもの...

みなさっそうと3拍子のステップを
優雅にふんでいる・・・

そのとき、すぐ近くで相手を探して
いるような若い女性が目に入る

「踊りませんか?」

「あ、はい、お願いします」

まだ18くらいの1年生のようだ

だが踊りだしてすぐにわかる

「お上手ですね...」

「いえ、まだまだです
1周するだけで精一杯なんです」

それは明らかに謙遜だった

「でもきれいなステップが
ふめてますよ...
今何年生?」

「1年です」

「え?! じゃあ去年の4月から?」

「あ、正確には高校2年の時から
始めたんですけど、受験勉強があったので...
やっぱり初心者とおなじです」

「いや、本当に上手
僕は1年の4月に始めて秋にやめちゃったんで
僕こそ初心者だよ」

「え、舞研にいらしたんですか?」

「あ、一応ね
今の部長、山下君と同級生なんだ」

「じゃあ大先輩ですね」

急に彼女は尊敬するような眼差しでいった。。。

そして最後はタンゴ
これも舞研の定番「オレグァッパ」

久々のタンゴにしゃきっとして
陽一はメリハリのついたステップを
ふんだ。。。

「ありがとうございました」

「いや、こちらこそありがとう」

「あの、先輩のお名前おしえてください」

「山上陽一、今ロシア科の4年で
もうすぐ卒業」

「そうですか、じゃあそれまで
どうぞまた舞研にいらしてください」

「ありがとう、そのときは
またよろしくね」

そのとき、司会の声が会場にひびく

「みなさま、今日は足元の悪いなか
私どものパーティーにおいでくださいまして
誠にありがとうございました

最後に今日のゲストに名曲を
演奏していただきます

「ヴァイオリンと管弦楽のファンタジー」
そして「You raise me up」

Vnとソプラノ、フレンジー・ナオさんです

『え!? まさか!』

陽一は聞きちがいではないかと思った

あの宗谷岬追悼会のときの彼女?
14歳の彼女と同じだろうか?

同姓同名の別人だろう
ナオはイギリスに帰ったはずだ・・・

盛大な拍手のなか
Vnをかかえて登場したのは

あのナオだった

カラオケの管弦楽にのって
切ない情熱的な旋律が会場に
流れ出したーーー

https://www.youtube.com/watch?v=LxqjoNzS-vc
ヴァイオリンのファンタジー
 

154--ダンスパーティー

 投稿者:エデンの東  投稿日:2017年10月14日(土)21時03分49秒 softbank219010075066.bbtec.net
返信・引用
  6階の大会議室
交際会議などが行われることもある
日本の大学では貴重なところ

音響施設も優れたもので
ピアノやヴァイオリンの
コンサートが開かれることもある...

そこがダンスパーティーの会場だった

エレベーターをおりると
「恋は水色」が流れている
ルンバだ...

思えば、大学1年のとき
陽一が舞踏研究会に入ってすぐ
教えてもらったのがブルースとルンバ

まさにそのときの曲が
この「恋は水色」だった...

受付で名前を書いていると
「お~陽ちゃんじゃない?」

なつかしい声が陽一に耳に響いた

「え~! トシ?!
お前まだ大学にいたの?」

「去年ちゃんと卒業したよ
いやあ、なつかしいね
もう2年ぶりになる?」

「そう、ニューヨークに2年いってた
からね...
ところでお前今どこにいってるの?」

「東日本商事」

「おお、さすが!
第一志望どおりだったんだね」

「来月はじめに日本を離れるよ」

「え? 外国駐在か
どちらに?」

「シンガポールだよ
熱帯だからちょっとしぶってたんだけど」

「熱帯でも海洋性気候で
とてもすごしやすいところらしいよ」

「それをきいて安心した...
ところでヨウはこれからどんな道に?」

「うん、あとちょっとだけ
ここに通って
できれば新聞社か通信社に
いきたいんだけどね」

「いやあ、いろいろ積もった話が
いっぱいあるんだけど
これから仕事のことでちょっと本社に
戻らなければいけないんだ」

「そうか、大変だね
じゃあ、また近いうち...

そう、お前のシンガポール
送迎会をやろうじゃないの
電話するよ」

「OK,ありがとう
じゃまたな」

笹森文敏との2年ぶりの再会は
陽一にあのときの活力

自分たちにはかぎりない未来が
待ちうけているんだ・・・

そんな気力に満ちていた
大学1年の時の夢のような時代に
一瞬舞い戻らせてくれた。。。

会場に入ると
曲はワルツ、そしてタンゴに変わっていた。。。

そこでトシとの再会以上の
思いもよらぬものが待っていたーーー

https://www.youtube.com/watch?v=L4lb6w5nJts
オレグアッパーーアルフレッドハウゼ


 

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